No.064 ■オイルと油
11月6日~8日、アメリカはラスベガスで開催されたASLTAの大会に参加してきた。
ASLTAは、American Sign Language Teachers Associationの略で、アメリカ手話教師協会ともいう。今年で創立30年を迎え、これを記念しての大がかりな大会となった。
ASLTAの会長(President)は、何度か日本でも講演したことのあるレスリーさん(Leslie C.Greer)でドイツ系のアメリカ人。
レスリーさんとの出会いは、1992年にサンディエゴで開かれた手話言語学関係の研究大会で。当時、私はASL(アメリカ手話)が全くできず、そんな私を気にかけてか、レスリーさんは私に身振り手振りでいろいろな情報を提供する等、親切だった。
翌年、デンマークで開かれたろうの研究者のための合宿形式のワークショップでレスリーさんと再会、約1週間ほど寝食を共にし、私のASLも少し向上。1994年のデフデー94(Dpro主催)でレスリーさんの講演が実現。テーマは、当時では珍しかった「ろう文化」。
そして、那須高原でろう青年リーダー養成のためのキャンプに参加、さあ、これからバーベキューをしようという段階になって、レスリーさんと「オイルと油」をめぐってお互いに???状態になったことが忘れられない。
事の発端は、バーベキューで使うサラダ油を私が手話で/油/と表現したため。
日本の手話を少しずつ覚えつつあった彼女は、ガソリンの手話を/車+CL注す/、もしくは/車+油+CL注す/、/油+CL注す/の3通りあることに気づいていたようだ。
私のサラダ油の/油/に、レスリーさんは目玉をひん剥くばかりに驚いて、バーベキューにガソリン?と言うのだ。レスリーさんが何に驚いたのか、いまいちよくわからなかった私は、ガソリンでなくて、食用の油だから心配しなくてもいいよというと、彼女はそういう次元で心配しているのでなく、手話が問題だという。
彼女の驚きは、食用にもガソリンにも同じ/油/を使うことにあるらしい。日本手話では、食用・ガソリン両方に/油/の手話を用いることが可能だが、ASLでは、食用の油とそうでないものとをきっちりと使いわけているようだ。だから、アメリカのASL話者であるろう者からしてみれば、食用油とガソリン両方に同じ語をあてるのに違和感を感じるのだろう。
語彙の体系は言語によって異なる。
食用の油でも、ガソリンでも、日本手話の場合は/油/を用いるが、アメリカではそうではない。そして、どちらが正しくて、どちらかが間違っている、というという問題ではない。
レスリーさんもそのことは十分にわかっているので、後は笑い話になった。
しかし、このことは、ASLと日本手話の関係だけでなく、日本語と日本手話の関係においても同じことがいえるということを忘れてはいけない。
例えば、日本手話の/終わり/と日本語の「終わり」。両方の語の意味範囲が完全に一致しているわけではない。だが、手話学習者である聴者は、自分の母語である日本語の語彙体系にあてはめて日本手話の/終わり/を理解しようとして、結果的に間違った使い方を身につけることになる。
それだけならまだしも、日本語の語彙体系に照らし合わせて、ろう者の手話の語の用法を間違えていると指摘するような手話学習者もいる。
レスリーさんのように、相手の言語を正しく理解するためには、まず、自分の言語の語彙体系から脱することではなかろうか。
(2005.11.14)
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