テレビのコマーシャルに手話通訳をつけているのはいまのところ東京電力だけだ。最近のコマーシャルをみていると、手話通訳を担当する人が交代したらしく、若いママさんという感じの女性が手話通訳をしている。「できるだけテレビ映えのしたきれいな人で手話通訳のできる人を」というのがみていてわかる。
ワイプ挿入の形で手話通訳がついているのだが、いつも思うのは「なぜ、手話のネイティブ話者であるろう者を起用しないのだろうか?」だ。
今回の手話通訳の女性も、ぱっとみただけで明らかに聴者だとわかる。手話がネイティブのそれになっていないからだ。手話の語順も明らかに日本語のそれに対応しているし、文法も音韻も不自然だということがよく観察しなくてもわかる。
テレビのコマーシャルの場合は、実際に放送される持ち時間の尺にあわせて何本か用意されると聞く。コマーシャルの作品は、事前に製作されるのだから、わざわざ聴者を起用しなくてもいいのではないか。
テレビ映えするきれいな女性であることが条件であれば、その条件にあう手話のネイティブ・サイナー(=ろう者)を起用すればいいのではないか。そして、放送時間の尺にあわせて、コマーシャルで伝えたいメッセージを手話でダイレクトに放送すればすむことではないか。放送テープに吹き込まれた日本語の音声にあわせて通訳するのではなく、コマーシャルで伝えたい日本語によるメッセージを手話に再構築して、尺にあわせて手話をすればいい。
そのほうが手話のユーザーであるろう者にインパクトを与えるし、コマーシャル効果も大になると思う。
手話ユーザーであるろう者に対して、情報を提供するのは「耳の聞こえる」手話通訳者だけだ、という発想はもう過去のものである。
アメリカやヨーロッパの一部では、同時通訳においてさえも、ろう者自身が手話通訳(例:アメリカ手話→国際手話、英語対応手話→アメリカ手話など)を担当することがよくある。やり方は工夫次第でいくらでもできる。
アメリカやヨーロッパにできて、日本にできないのは、おそらく「発想の違い」だろう。あるいは、ろう者に情報を発信・提供するのは、「耳の聞こえる人」だけの仕事だという固定観念にしばられているからかもしれない。
東京電力が自社のテレビ・コマーシャルに手話をつける。このこと自体はとてもすばらしいことだと思う。しかし、一歩進んで、ネイティブ・サイナーを起用するということがあたりまえという先駆的な感覚を持ってくれれば、会社のイメージはいっそうアップするに違いない。
(2006年5月1日)
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