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No.087 ■本物を見ないとわからないこともある

最近、ろう児が手話を使っているのを過剰に評価する風潮がある。トータルコミュニケーションに始まり、昨今のろう学校ではとにかく手話らしきものをしていれば褒められるが、決して喜べるものではない。やはり「本物」を見ていただきたい。

デンマーク在住のアスゲー氏(元・世界ろう者連盟理事)の話を聞いて感銘したことがある。2001年、それまで世界ろうスポーツ大会と称していたものが、IOC(国際オリンピック委員会)の正式許可を得て第1回デフリンピックとなり、イタリア・ローマで開催された。そのオープニングイベントにバイリンガル教育の先進国であるスウェーデンのマニラろう学校小学部の子どもたちが招かれた。

世界各国から集まったろう者が見守る中、まず入場してきたのは、地元イタリアのろう学校の子どもたち。各自の名前、年齢、通っているろう学校、将来の夢などを手話で披露し、口話教育に苦しんできたろう観客の感動を呼んだ。

続いてスウェーデン・マニラろう学校の小学部6年生の子どもたちが登場してきた。イタリアの子どもたちと同様に、手話で名前の紹介を始めたと思ったら、なんと、続けて世界の政治や貧困など社会問題について述べ始めたのだ。将来の夢などという子どもじみた話にとどまらず、大人顔負けの社会への意識を堂々と述べた。

イタリアでは、まだバイリンガル教育が確立していない。一方、スウェーデンでは、すでにしっかりとバリンガル教育が根付いており、生活言語としての手話はもちろん、学習言語として手話をも使いこなし、大人でも難しい話題について考え、自説を述べるほどの力がついているのだ。

イタリアの子どもたちのかわいらしい手話に喜んでいたろう観客は、本物のバイリンガル教育の成果を見せつけられ、言葉もなかったという。

たしかに、うちの両親でさえ、わが娘は小さい頃に手話をしなかったと嘆き、最近のろう学校の中に手話が増えてきた様子を垣間見ては感動している。私が教育を受けていた時代も口話絶対だったから、手話をしなかったのは当然だと思う。しかし、最近のろう児たちでも、手話を使うようになったとはいえ、思考や行動力を十分に育てられる手話とは言いがたい。このような手話を見ても喜べるのは、「本物」を見たことがないからだ。

龍の子学園ができ、バイリンガル教育で育ってきた子どもたちは、今や大人も顔負けの論客となり、さまざまな問題を考え意見を戦わせる。これこそが「本物」だ。

残念ながら、現在の日本のろう教育関係者は、本物の手話を身につけた子どもたちを見たことがない。現状で満足することなく、是非、本物のバイリンガルとはいかなるものかを見ていただきたいものだ。

(日本語訳:chu)

■このメルマガは、2008年3月17日にまぐまぐ!によって配信されたものです。

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