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2009年3月

2009/03/30

No.130 ■困った手話通訳者2

 困った手話通訳者シリーズ第二弾では、自己リスペクト型の通訳者を取り上げてみたい。

 手話が通じないことをろう者のせいにする通訳者がいる。ウソではない、本当にいる。新しい手話をはじめ手話単語を片っ端から覚え、積極的に使っては満足しているものの、当のろう者はさっぱり理解できていない。すると、それをろう者の勉強不足のせいにする。または、目の前のろう者が理解していようがいまいがお構いなしに、日本語対応手話で一方的に通訳する通訳者。たしかに中途失聴者やろうあ団体の役員クラスとは通じるのかもしれないが、ごく一般のろう者がその通訳を理解できずにいると、ろうあ運動をしていないからわからないのだと批判する。または、ろう者に指図したり、ろう者の能力を過小評価しておせっかいをする。

 手話が通じないのは、通訳者がろう者の使う手話をきちんと習得していないせいだ。ところが、目の前のろう者の手話を見ようともせず、本や講習会の講師の手話こそが正しいと思っている。聴者慣れして自分と通じる聴覚障害者たちはエリートだが、普通のろう者は知識や情報量が足りないからと次第に指導者的ふるまいをするようになる。一言言ってやりたいと思うが、そうもいかない。

 他の聴覚障害者とは通じるのに一般のろう者とは通じなくて困ると言う前に、是非自らを振り返ってほしい。ろう者の手話をきちんと理解しているか、ろう者の手話をきちんと翻訳できているか、自分勝手な想像や注釈を付け加えてはいないか、まず自己の検証をしてほしい。通訳とは通訳利用者双方の橋渡しをすること、つまり、双方のやりとりを円滑に進めるための存在だ。偉ぶったり威圧的な態度で通訳をされては、ろう者は言いたいことも言えなくなってしまう。その結果通訳者が主導権を持つようになる。

 ろう者主体の行動を保障するためには、通訳者が自らの通訳を検証するという謙虚さが不可欠だ。手話の力や通訳技術を高める努力とともに、相手と通じないときの原因をまず自分の中に探す謙虚さがほしい。そうしないと、ろう者から煙たがられていることに気付かず自己満足で終わってしまう。ろうあ団体の役員たちにはかわいがられているかもしれないが、他のろう者にはどうなのか、いま一度考えていただきたい。

(日本語訳:chu)

■このメルマガは、2009年2月13日にまぐまぐ!によって配信されたものです。

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2009/03/28

■こんにちわ、赤ちゃん

こんにちわ! 赤ちゃん。

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↑12期Mさんの赤ちゃん(男の子)。学院に遊びに来てくれました。

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↑ツーショットheart02

3期Yさんの赤ちゃん(男の子)。研修先に連れてくれました。泣かずに抱っこさせてくれました。

今回の男の子の赤ちゃん、2人とも近い将来、手話でお話してくれるかも。ママは手話でお話できるし、パパは手話話者(=ろう者)だから、バイリンガルに育ってくれるかな、と期待してます。

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2009/03/27

■ほうとう

古い話ですみません!

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山梨の名物、ほうとうです。山梨県民は「ほうとう」≠「うどん」だそうです。ほうとうは、うどんの一種と思っていたのですが、そうでないのですね…。かといって鍋料理でもない…のだそうです。

味噌仕立てで、かぼちゃを煮崩して溶かしたものが美味だそうだ。だしは煮干でとり、具は野菜が中心。とにかく、ヘルシーな料理であることは間違いないです。

私がいただいた写真のほうとうは、温泉帰りにいただいたもの。美味しかったです!

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2009/03/26

No.129 ■困った手話通訳者1(BlogPet)

とんちゃんの「No.129 ■困った手話通訳者1」のまねしてかいてみるね

今回はほとんどいない、せめて通じなかったものです。

*このエントリは、ブログペットの「CHU」が書きました。

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No.129 ■困った手話通訳者1

 今回は「困った手話通訳者」と題してお話したい。このタイトルは今後も引き続き取り上げていきたいと考えている。

 まず、手話通訳の皆さんには日頃の活動に感謝申し上げる。決して皮肉ではない、心からそう思っている。それでもたまには目を覆いたくなるような通訳者と出会うこともないわけではない。

 当然ながら、通訳にあたってはそれなりの手話を習得していなければならない。ところが、手話の力が十分でない通訳者がいる。未熟なところは今後努力をしていただくにしても、そのときの発言がいただけない。「手話は心です。心があれば克服できます」と言う手話通訳者には困ったものだ。「心があるから、通訳場面で多少通じなくても目をつぶれ」とでも言いたいのだろうか。

 「心」が大切なのは言うまでもないが、手話が通じない通訳者に来られて不利益を被るのは他でもないろう者なのだ。それでも通訳者に「ごめんなさーい。手話、まだで、すみません」とにこやかに謝られては、ろう者側は「仕方ないよねー。これからもよろしくねー」と答えざるを得ない。通訳が通じないのは困ると本心をはっきり言えるろう者はほとんどいない。だからといって、通訳者が安心していてはいけないのだ。

 十分な技術を習得する前に通訳現場に行かされることもあるだろう。それは仕方がない。そのことについてとやかく言っているのではない。気をつけていただきたいのは通訳後の行動だ。通じないながらも四苦八苦しながら頑張って通訳を終えた後、にこやかに謝って去っていくのではなく、せめて通じなかったことを反省し、次回は克服しようと考えているという態度を示してほしい。

 「手話は心。手話は通じなくても心が通じればいいでしょ」とのたまう心持ちの良い通訳者はたくさんいる。ろう者蔑視や悪意で通訳をしているわけではない。一生懸命、真摯に通訳をしているのだと思うが、ろう者が厳しい批判をしないからといってそれに甘んじてはいけないのだ。

 手話通訳に取り組む皆さん、手話は「心」で通じるものではない。自分の未熟さを指摘されなかったことに甘えず、常に向上しようとする意欲がほしい。「手話下手ですみません」と何度言っても手話はうまくならないし、ろう者の不利益も改善されない。失敗をにこやかに葬ることなく、反省し克服していこうという気概を示していただきたい。

(日本語訳:Chu)

■このメルマガは、2009年2月11日にまぐまぐ!によって配信されたものです。

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2009/03/25

パスタ・デルフィーノ(新所沢)

職場の近くにあるイタリアンのお店。

前から一度は行ってみたいと思っていたのですが、先日、ようやくそのお店に行くことができました。

パスタ・デルフィーノというお店です。

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初めて、ということで、今回はサラダにピザ、パスタを各1種ずつ注文。

お味のほうは…可もなく不可もなく、といったところでしょうか。本格的なイタリアンが食べたくなったときに、忙しくてどうにもならないときには近場ですませるイタリアン、として貴重な存在かもしれません。

 

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2009/03/24

大阪のちゃんぽん(中央軒)

ちゃんぽんは、長崎名物のものだけれど、おそらく山口・九州地方では、ちゃんぽんはすでに市民権を得ているもの。

小さい頃、近所にはちゃんぽんだけを作っているお店があって、1杯350円。海岸沿いにそのお店はあって、こちらの店(美容院・理髪店)が忙しいときは、大きなお鍋を持っていって、ちゃんぽんを人数分入れてもらったことが何度か。

先日、所用で大阪に行ったとき、案内人のDAIGOさんにつれてもらったお店は、なんと…大阪の名店(!)中央軒でした。

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長崎ちゃんぽんを大阪に初めて紹介した店だそうで、40年以上の歴史があるとか。さっそく写真のちゃんぽんをいただきました。生卵がのっているのがみえますね…。卵を溶いていただくのですが、そのためか、全体的にまろやかでやさしい味でした。

 

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■ふく鍋

古い話ですみません。

2月中旬、微妙にアラフォーの3人でふく鍋(ふぐ鍋)をいただきました。

世田谷区の池尻大橋にある「河豚鮮」です。

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Photo_13 ふぐの唐揚げが普通だと思うのですが、このお店では「天ぷら」に自信があるというので注文してみました。確かに唐揚げでいただくより美味しかったです。

お値段も良心的で良いお店だな~と思いました。

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2009/03/23

No.128 ■手話通訳をつければいいってもんじゃない!

 最近、ろう者の社会参加が進み、多くのろう者が働いている会社では、専用の手話通訳者を雇用しているところも増えている。大手の企業では20~30人のろう者が在籍しているところもある。そのようなところでは、朝礼やミーティングなどの際には話者の近くに手話通訳が立って通訳をしているのではないだろうか。一方、ろう者が数人という会社では、外部から手話通訳を呼ぶことになるが、その際の通訳者の位置はどうなっているのだろうか。

 私の勤務先である学院の入学式や卒業式などは、きちんと演台の近くに通訳者が立ち、手話通訳と話者の様子を見ることができるように配置される。しかし、それ以外の職員向けの行事では、通訳者の扱いがなんともお粗末なのだ。センターの聴覚障害の利用者向けの入所式や修了式でも、きちんと舞台の上に通訳者が立つ。センターにはろうと難聴の聴覚障害職員が3人いるが、私たち職員向けの行事の際は、いつも聴覚障害職員の指定席が設けられ、その近くに通訳者が置かれる。壇上に通訳者が立てば、私たちもどの席に座ろうが自由なはずだが、実際はそうではない。ろう者だけまとめた席を設けるというのはいかにも福祉的発想ではないか。本来は、どこからでも見える位置に通訳者を立たせて、自由に着席できるようにすべきだと思う。手話通訳をつけることは同じなのに、センターの利用者と職員の扱いに違いがあるのはなぜだろう。

 先日も、総長の年頭挨拶があった。ところが会場に入ってみると、手話通訳者が壁際に立っている。担当者から場所を指定されたのだという。しかたなく私たちは通訳者の近くに着席したが、総長が立つ壇上とは方向が違う。その席から通訳を見ていると他の職員のように総長の様子を見ることができない。これは差別ではないか。

 通訳者も指定されたからとか恥ずかしいからなどと言って、壇上に立とうとしないこともある。いったい何のための通訳なのだろうか。そのようなことを言っているからいつまでたってもろう者の扱われ方は変わらない。他の人たちと同じように好きなところに着席するには、通訳者は壇上に立たなければならないのだ。年頭挨拶を担当した通訳者もしきりに反省していたが、同じような場面はまだまだあるのではないだろうか。

 昔、世田谷区役所に入ったとき、聴覚障害職員の採用は私で3人目だったにもかかわらず、それまで手話通訳を手配したことはなかったという。初回の新人研修に手話通訳はなく、研修内容を知ることはできなかった。そこで、2回目の研修時には手話通訳を付けてほしいと希望した。予算の都合等もあり、世田谷区の登録通訳者に来てもらったが、研修会場では、一番前の席に通訳者と差し向かいで座らせられた。講師の顔を視野に入れることもできず、ひたすら通訳を見続けていた記憶がある。

 やはり、人の話を聞くときは、話し手の様子や雰囲気も見たいものだ。壇上の話し手の近くに通訳者が立つことは、ろう者にとって良いだけでなく、周囲の人々への啓蒙にもなる。特別な場合を除き、ろう職員が複数いるようなところでは、是非、壇上や話し手の近くに通訳者を立たせてほしい。通訳者も技術や恥ずかしさなど個人的な感情はこらえて、ろう者のためにと堂々と壇上に立っていただきたい。

(日本語訳:chu)

■このメルマガは、2009年2月6日にまぐまぐ!によって配信されたものです。

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■玉揚げ

ほったらかし温泉の名物、玉揚げをゲット。

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卵のとろとろ感が苦手な人にはお勧めできないけれども、ちょっとした腹ごしらえにはぴったりかも。美味しいです。確か120円なり。

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2009/03/22

月曜男さん登場!

下の写真は、月曜男さんのバッジです。月曜男さんから直々にいただきました。heart01

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ネットの手話動画から全国区になった月曜男さん。ファンの方も多いのでは?

その月曜男さんがNHKに出るそうです。

●NHK教育テレビ「みんなの手話」
4月19日(日)19時~19時25分1回目「月曜男の紹介」
 再放送 4月25日(土)11時15分~11時40分

4月26日(日)19時~19時25分 2回目「月曜男の手話語り」
 再放送 5月2日(土)午前11時15分~11時40分
どちらも5分程度。番組内で最後の放送予定です。

月曜日に出てくるから月曜男さんというネーミングになったそうですが、理容をやっている方?と思っていたらビンゴでした!

秋に開催されます全国ろう高齢者大会(静岡大会)でお会いできるのかしら。楽しみにしています。

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■手作りの餃子

北九州の伯母が作ってくれた手作りの餃子です。手作りの餃子を千葉まで送ってくれて、き餃子にしていただいたのですが、亡くなった祖母の餃子の味を思い出してくれるものでした。にんにくは入っておらず、やさしい味です。

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母方の祖母は、私が遊びに行くと必ず餃子を作ってくれて、それを持たせてくれたのです。水餃子にしてポン酢につけて食べるというのが我が家の定番でした。魚料理の多い我が家では、餃子は本当にご馳走で特別なものでした。

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2009/03/21

■プリン(ファクトリーシン)

これも古い話ですが、手話通訳士試験に合格した研修生(17期)からプリンの贈り物。

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神戸にあるファクトリーシンのプリンです。それによれば、「金のとろけるプリン」という名前のようですね!

研修生をビシバシ鍛えた(?)お礼なんだそうです。ウフ。

 

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■差し入れ(シュークリーム)

古い話でごめんなさい。

2月中旬、手話通訳学科で入学試験(二次試験)があり、授業はすべて休講に。

午前は小論文、午後は一般面接、専門面接とかなりハード。受験生もハードな1日だろうけれども、専門面接を担当する教官もヘトヘト。

休講なのに、1年生のSさん(19期)が学院にわざわざやってきて、ナイスな差し入れ。ビアード・パパのシュークリームです。

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“サクサク“パイシュー皮に生クリームカスタード。疲れた頭と身体に効きました。ありがとう!full

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2009/03/18

神戸のチーズケーキ(BlogPet)

とんちゃんの「神戸のチーズケーキ」のまねしてかいてみるね

神戸駅まで車でおいしかったが、売り切れだったが、帰りも帰りも新神戸は国際的な港町。
クリーミーで送ってきましたおみやは神戸駅まで車でおいしかったお目当てらしかった。
隠れた名店いっぱいあると思うんだ〜(^o^)

*このエントリは、ブログペットの「CHU」が書きました。

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2009/03/10

メール(BlogPet)

きょうCHUはパネルディスカッションも躊躇しなかった。
だけど、とんちゃんはメールっぽい教育しなかった?

*このエントリは、ブログペットの「CHU」が書きました。

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2009/03/09

神戸のチーズケーキ

神戸ろうあ協会の耳の日記念大会に行ってきました。
 
 
行きも帰りも新神戸駅まで車で送っていただきましたが、帰りにいただいたおみやは神戸フランツのチーズケーキでした。本当はプリンがお目当てらしかったのですが、売り切れだったので売れ行きNo.1というチーズケーキに急きょ変更。
 
帰宅後さっそくいただきました。クリーミーでおいしかったです。神戸の皆さま、本当にありがとうございました。
 
※神戸は国際的な港町。隠れた名店いっぱいあると思うんだ〜(^o^)

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2009/03/03

■こぶたのショコラ(BlogPet)

とんちゃんの「■こぶたのショコラ」のまねしてかいてみるね

13期の中でチョコレートがとろけ、少し躊躇した「こぶたのショコラ」♪
かわいくてパクリ!口の、Oさん。
ありがとう、Oさん。
ありがとう、少し躊躇した「こぶたのショコラ」!
ありがとう、チョコレートがとろけ、幸せ気分に!
ありがとう、少し躊躇したけど、Oさんからいただいたけど、幸せ気分にある!口のOさん。

*このエントリは、ブログペットの「CHU」が書きました。

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2009/03/02

■こぶたのショコラ

13期のOさんからいただいた「こぶたのショコラ」。
 
 
かわいくて口に放り投げるの、少し躊躇したけど、チョコレートは食べるためにある!と念じてパクリ!
 
口の中でチョコレートがとろけ、幸せ気分に。ありがとう、Oさん。
 
 

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No.127 ■ことばの変化

 ことばは生き物で、新しく誕生したものの死語になってしまうものもあれば、長く定着するものもある。それは日本語だけでなく、手話もしかり、世界のどの言語も同じである。

 その証拠に、現在使われている日本語と昔の日本語は違う。平安時代に紫式部が書いた『源氏物語』の原文を見てもさっぱりわからない。同じ日本語とはいえ、意味がわからないので、現代語訳版が出されるのである。現代語訳も何人かが出しているが、明治時代に出されたものは、やはり明治時代のことばで書かれているため、今の人が読むとすこしわかりにくい。私はよく本を読むが、江戸川乱歩や横溝正史など昭和初期に書かれた推理小説は、今の日本語ではあまり見られないことばが使われていたりして、時代を感じる。

 同じことを言うにしても今と昔では違っていて、"素敵だ"ということを、昭和初期の頃は「ハイカラ」と言った。その後「いかす」ということばが使われ始め、石原裕次郎の登場と共に流行したが、今の若者には受け入れられないと思う。私が学生だった1980年代は「ナウい」ということばが使われたが、これも今はない。次いで「トレンディ」や「イケテる」などが登場したが、今後はどのようなことばが使われるのだろうか。

 手話も同様だが、手話は書き残すことができないので、残念ながら明治時代の手話を確認することができない。昭和に入ってからはわずかながらフィルムに残されているものもあるが、それらを見るとやはり時代を感じさせられる。アメリカのギャローデット大学には、昔の手話映像が保存されており、やはり今の手話とは違うことが確認できる。

両親と話をしていると、昔の語彙が使われている中に突然新しい語彙が登場し、逆に違和感を覚えることもある。<オーバー>という手話も昔の人たちは使わなかったものだと思う。「重量オーバー」とか「スピードオーバー」などでは使っていたかもしれないが、<派遣社員、解雇、オーバー>(派遣社員のきなみ解雇!)のような使い方はしていなかっただろう。ことば自体が変わることもあるが、ことばの用法が変わることもある。<オーバー>も新たな使い方ができたのである。若い人たちならまだしも、両親の手話の中に、新たな用法の<オーバー>が登場して面食らうわけだ。最近は米内山氏さえ使っている・・・。

このように手話も時代によってことばや用法が変化する。この手話の変化を研究している人はまだいない。だれか早く着手してくれないだろうか。

(日本語訳:chu)

■このメルマガは、2009年1月27日にまぐまぐ!によって配信されたものです。

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