No.134 ■3パターンの日本語対応手話
先日、千葉で開催された全国手話通訳問題研究討論集会に参加した。毎年恒例の冬の集会だ。夏の集会とは違い、冬の集会は討論形式で行われるので、結構参加者の手話を見ることになる。そこで聴者の日本語対応手話には3パターンあることに気付いた。
そもそも、日本語を話しながら手話をするのは、ろう者と手話のわからない聴者双方にその内容がわかるようにとの理由があるらしい。ろう者は手話だけで話すので通訳が必要だが、聴者は声を出しながら手も動かせるから両方やっちゃえ!という考えが基本にあるのではないだろうか。実は、手話と日本語対応手話には大きな違いがあるのだが、それには目をつぶり、双方が同時にわかる(つもり)という便利さを優先している。
理由はともかく、その日本語対応手話にも3パターンあるようだ。第一は日本語優先型で、基本は日本語で発言し、おまけのように適当な手話を付け足すもの。これが圧倒的に多く、表出される手話が不完全なため、ろう者にとってはきわめて理解しにくい。その証拠にろう者の頭は固定されたままだ。口型を読み取り、不完全な手話を手がかりに必死に内容を推測している様子がわかる。中には日本語対応手話に慣れているろう者もいるようで、たまーにうなずきが見られる。よくわかるものだと感心する。
しかし、このパターンの日本語対応手話は普通のろう者にはわかりにくく、自分の意見を述べているのか、指示を出しているのかすら判別できない。その結果ろう者同士で内容を確認し合うことになる。まるでろう学校の再現だ。ろう学校時代は先生の口話がわからず、生徒同士で確認し合ったものだ。ちょっと手話が付くとはいえ、内容の理解にはほど遠く大層疲れる。
第二はふらふら欠落型で、日本語と手話を並行しているかと思いきや、突然日本語がなくなったり手話がなくなったりするパターンだ。ろう者らしいマウスジェスチャーも付いたそれなりの手話をしているかと思えば、いつの間にか日本語対応手話になったりして、見ているほうが混乱してしまう。日本語部分を聞くと「市と交渉したが、市は"パ (認めないの手話と同時) "なので…」という具合で、日本語としては不完全だ。そのため日本語だけ聞いていてもわけがわからない。<認めない>の手話がわからなければ、手話を見ていても意味は理解できないだろう。双方によかれと思って使われる表現が、双方に理解不能の部分を作り出している。
第三は途中消滅型。はじめははりきって日本語と手話を同時進行させていたのに、いつの間にか日本語が消滅し、手話だけになってしまうものだ。手話がなくなって日本語だけになると、ろう者から催促が入るので手話の方がなくなってしまうことはまずない。ろう者が同席していることを意識しているうちに手話優先になり日本語が消滅してしまい、司会者などから「声!」と指示されている場面をよく見る。それでも、この第三パターンは手話と日本語の違いを知っているからこそ陥るパターンではないだろうか。それに対して、第一パターンや第二パターンは、手話と日本語は同時発信できると信じて疑わない結果ではないのか。
3パターンそれぞれ特徴があるにせよ、これらの日本語対応手話はいったい誰のために使われているのだろうか。はなはだ疑問であるが、日本語対応手話はろう者の目を疲れさせることだけは間違いない。
(日本語訳:chu)
■このメルマガは、2009年3月13日にまぐまぐ!によって配信されたものです。
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