■習得言語と学習言語
新しくカテゴリーを設けました。「とん@ブックレビュー言い放題」です。![]()
まずは、『手話通訳なるほど講座 ~手話と手話通訳の力を磨く~』(市川恵美子・2008)からいってみよう!
「聞こえない方々が疲れない手話で通訳することが大事!」と「はじめに」のところで書いています。これ、ある意味、同感です。わけのわからない通訳をみて疲れたら通訳をしてもらった意味がないですもの。
全部は読み終えていないのですが、言語学の基本的な知識が欠けているのがちょっと気になるところ。
たとえば、13ページの「第一言語である習得言語というのは (中略) それに対して第二言語の学習言語は、訓練を受けて獲得する言語ですから(後略)」と書いてあります。
市川氏は、母語(第一言語)は習得されるもので、それに対し、第二言語は学習して獲得するもの、と考えています。それはある意味正しく、また、ある意味正しくないと思います。その理由は後述するとして、学習して獲得する言語を「学習言語」として、本文中に頻繁に出てきます。市川氏がそのように用語を定義づけて書いているのならばいいのですが、やはり、手話通訳の専門家として誤解を与えるような用語の使い方は良くないのでは、と言いたいですね。
「学習言語」と対比して出てくるのは「生活言語」です。「習得言語」ではないのです。実際の生活場面で必要となる言語能力を生活言語、認知・学習場面で必要となる言語能力を学習言語(カミンズ・1984)というのがふつうだと思います。
市川氏が主張したかったのは、「(聴者にとって)手話は、学習して獲得する第二言語である」ということだろうと思います。そして、それを「学習言語」とした。そうせずに「第二言語」と書けばよかったと思います。
次に、第二言語は学習して獲得するものなのか、ということです。たとえば、バイリンガルの子どもは第二言語をどのようにして獲得するのかということを考えてみると、学習して獲得するものであると言い切ることはできない、ということです。
また、成人向けの語学教育においても、第二言語を「習得」させるためのさまざまなアプローチが研究・開発されています。成人になっても適切な言語環境さえあれば第二言語を習得することは可能で、学習はその補完的役割を果たす、という研究もあります。
議論を突き詰めると語学教授法(言語教育)の問題になると思います。
今日はここまで。続きをお楽しみに!(←続きがあれば…の話ですが
)























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