No.100 ■視線をあわせる
あるコーダ(CODA)の談である。小学校に入学したときに、先生から「皆さん、あいさつするときや人とお話しするときには目をあわせましょうね」と言われたという。小学1年生の彼女は、何をいまさらあたりまえのことをわざわざ話しているのかと不思議に思ったらしい。彼女は小さいときから、ろうの両親と話をするのにいつも視線をあわせて話していた。聴者と話すときも例外ではなかった。そのため小学校の先生に改めて注意されて違和感があったのだ。しかし、その後聴者の社会を見ているうちに、たしかに視線をあわせる人が少ないことに気づいたのだという。
まさしくコーダだ。耳は聞こえているが、振る舞いはろう者そのものではないか。コーダ自身、少し自分のことを知らなければならない。
そのようなやり取りをした後、ある新聞記事が目に入った。教育現場ではもっと目を見てコミュニケーションしましょうと書かれている。最近はインターネットやメール、携帯電話ばかりが使われ、対面で視線をあわせて話をすることが少なくなっており、それが殺伐とした事件の多発につながっているのではないかということらしい。
先のコーダの話の中の先生が注意していた30~40年前から、状況は変わっていないということだ。依然として日本人は人と視線を合わせることが難しいらしい。そのためか、聴者は自分の顔に無頓着だ。ろう者は自分が周りを見ているから、逆に自分も見られているという自覚がある。しかし聴者は、他者を見る習慣がないために、自身がどのように見られているかと配慮することがない。そして不用意に不満の表情などをあからさまにする。ろう者の方が見られることを意識して、自分の表情はコントロールしているものだ。聴者も1対1のときは、もちろん注意しているだろうが、人にまぎれてしまうような大勢の中では、そこまで気がまわらないらしい。
聴者の皆さん、まず視線をあわせることに慣れて、そしてコミュニケーションの力も伸ばしていただきたい。
(日本語訳:chu)
■このメルマガは、2008年6月23日にまぐまぐ!によって配信されたものです。





















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