カテゴリー「ろう者の言語・文化・教育を考える(No.035~)」の32件の記事

2006/01/02

No.067 ■ろう者のカラオケ

久しぶりに本屋に行ってみた。大学院生をしているのに「久しぶりに」というのが情けないところだけれども。

欲しい本はアマゾンを通じて注文しているのだが、本屋に行ってみると本のタイトルの文字が次から次へと目に入ってくる。ネットで検索しているのとはまた違って、視覚的に情報が四方から入ってきて知的興奮をそそられる。

しかし、手話の本のコーナーだけは…特に手話コーラスや手話ソングを扱った本だけは目が自動的に?ブロックしてしまう。

手話コーラスや手話ソングがメロディや音楽にあわせた手話表現である限り、それは聴文化の副産物に過ぎず、聴文化とろう文化のコラボレーションなどと形容してはいけない。

手話コーラスや手話ソングが「聴文化とろう文化のコラボレーション」だという人がいたら、私はその人に拳骨をひとつお見舞いしてやりたい。

仮に「聴文化とろう文化のコラボレーション」であるとしよう。

手話コーラスや手話ソングを、毎日の生活の中に「あたりまえに」取り込んでいるろう者は…少なくとも私の知っている人の中にはいない。

音楽を聴く、弾く、歌う、習う、買う等…聴者の世界ではあたりまえになっているのと同じように、手話コーラスや手話ソングを観る、歌う、習う、買う…というのは、ろう者にとっても日常的なことだろうか? 答えはもちろんノーだと思う。

ろう者が手話コーラスや手話ソングに参加するのは、手話サークルやろう協会の催すイベントの時だけというのがほとんどではないだろうか? これでは、手話コーラスや手話ソングが聴文化とろう文化のコラボレーションだとは、お粗末にもいえない。

ところが、唯一の例外がある。それは「ろう者のカラオケ」だ。手話ソングでもない手話コーラスでもない「ろう者のカラオケ」。ろう者が歌うものを「ウタ」としよう。

不特定の人を対象に披露する手話コーラスや手話ソングと違って、見知った同士の、いわば閉ざされた空間で行なわれるカラオケのウタ。だからこそ、ある一種の開放感を伴って、ろう者は、うたって踊るのだ。

カラオケをするろう者の割合は、カラオケをする聴者の比率からいうと、まだまだ少ないだろうと思うが、少なくとも手話コーラスや手話ソングを好きだというろう者よりはずっと多いと思う。

かくいう私も、先日、10年ぶりにカラオケをした。

参加していたろう者は、それぞれ持ちウタというのがあって、音声プロソディでなく手話のプロソディでうたうから観ていておもしろい。やはり、上手・下手というのはあって、上手な人には拍手喝采モノ。

参加者の中に「文京のお姐さん」と呼ばれている聴の女性の方がいて、この方の声による歌とろう者の手話によるウタの、息のあったカラオケは、まさに「聴文化とろう文化のコラボレーション!」を思わせた一瞬であった。

ろう者のカラオケの楽しみ方はいろいろ。ろう界で有名なろう者の話し方のクセを真似たウタをうたって誰なのかを当てさせる、オリジナルの歌に手話的間奏曲をつけて盛り上げる、下ネタをおりまぜる…等など。

「ろう者のカラオケ」は、やはり観て楽しめるものだからこそ、成り立つのだと思う。音楽を聴いて楽しもうというろう者はいない。聴く音楽にあわせた手話歌はおもしろくないけれども、観る音楽にあわせた手話ウタ(=ろう者のカラオケ)はおもしろい。そういうところをわからないと(=聴者的発想・聴者的音楽から脱しない限り)、真の意味の「音楽における聴文化とろう文化のコラボレーション」は生まれないだろう。

(2006.12.27)

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2005/12/26

No.066 ■手話の/好き/

バイリンガルろう教育(第一言語:日本手話・第二言語:読み書きを中心とした日本語)を実践しているデフフリースクール「龍の子学園」に通っている子ども達は言語の土台がしっかりしているからなのか、聴児(聞こえる子ども)と同じように話し、人の話を聞く。

聴児と違うのは、聴児が音声モードで話し、聞くのに対し、ろう児は手指モードで聞く・話すということだ。

ソラ君は早熟な男の子で、幼稚部時代から女の子にもてていた。

しかし、ソラ君の好きな女の子は、なかなか自分のほうをふりむいてくれない。その女の子に「ソラ君は2番目に好き。私の一番好きな子は○○君なの」といわれ、落ち込んでいたというのだから、本当に早熟…。というか、いまどきの子どもは…というべきだろうか。

それはさておき、ソラ君のお母さんは聴者で、日本手話を学習中なのだが、そのお母さんもソラ君との会話で手話の/好き/と日本語の「好き」の違いに気づいたひとり。

お母さん:○○ろう学校で好きな友達いる?
ソラ君:いない
お母さん:… 好きな先生は誰?
ソラ君:いないよ
お母さん:…じゃ、龍の子学園の○○先生は好き?
ソラ君:ううん
お母さん:(びっくりして)○○先生、嫌いなの?
ソラ君:/マシ/
お母さん:…マシって?

ソラ君のお母さんの日本手話の力はなかなかのもの。しかし、上のような何だか噛みあわない会話は、お母さんの手話の/好き/の使い方が日本語のそれとは違うということを知らなかったため。

「好きな友達」は、/いい/友達/ もしくは、/仲のいい/友達/。「好きな先生」は、/いい/先生/、または/OKな/先生/、/認める/先生/にすれば、ソラ君にお母さんの知りたいことが通じたハズ。

/マシ/という手話も曲者だ。「○○先生、嫌いなの?」と聞かれたソラ君は/マシ/と答えているが、これは「(恋愛対象として)○○先生は好きではないけど、先生としてはOKだよ」という意味なのだ。「嫌いな先生と比べて○○先生はマシなほうだよ」という意味ではないので念のため。

ソラ君のお母さんもたいしたもので、手話と日本語とでは使われ方が違うらしいと気づき、ソラ君に何度か聞いた後、ソラ君が好きなのは××ろう学校の○子ちゃんだけということがわかり、母としてムカついたというエピソードを教えていただいた。

お母さん:ソラ君の好きな人って誰?
ソラ君:フフフ
お母さん:○○先生?
ソラ君:違う
お母さん:じゃ、××ろう学校の○子ちゃん?
ソラ君:ヘヘ

ところで、/好き/の語は、音韻的に動詞と連続した場合、「~したい」という意味に変わる。音韻的に連続していない場合、「~することが好き」という意味になるので、注意が必要である。(非手指動作レベルでも違いがあるが、ここでは割愛する)

・食べる、好き → 食べることが好き
・食べる=好き → 食べたい(=:音韻的に連続)

ソラ君が4歳のとき、ろう学校の担任の先生は、ソラ君は「好き」という語を間違って使っていると指摘したそうだ。

ソラ君:○○君の隣りに座りたい~。ねぇ座りたい~。(ダダをこねて)
 ※座席を指さしながら/好き/を連発

先生:ソラ君は【好き】と言う手話をどういう意味で使ってるの?
お母さん:「希望」ですよ
先生:?
お母さん:英語のI'd like(~したいと)みたいな意味です
先生:…

着実に手話を自分のことばとして身につけていくソラ君の成長はほほえましい
ものがあるが、先生を黙らせたお母さんもすごいと思う。

今回はソラ君のことをとりあげたが、龍の子学園に通っている子ども達とその親のほとんどがそういった経験を積み重ねていく。

(2005.12.12)

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2005/12/12

No.065 ■誤解される?聴者の「好き」

手話にも日本語にも「好き」という語はあるが、この「好き」という語には注意が必要である。例えば、「私はチョコレートが好きだ」「好きな人がいる」というような文章では、手話の「好き」・日本語の「好き」の両方ともOKである。

しかし、日本語には、手話にはない「好き」の使われ方がある。

日本語では、いいタイミングでビールを差し入れてくれた先輩に「だから、先輩、好きです!」とか、いつも嫌みをいう上司を酔った勢いで足で蹴った同僚のAに「きゃ~、Aさん、好き」ということがあるようだ。

また、日本語では、「Bさんは、どんなことがあっても弱音をいわないで黙々と仕事をするからから、私は(Bさんのことを)好きなんだよ」ということもあるようだ。

私も学院の子に手話で/好き!/といわれることがある。


私:今回は私のおごりだよ
学生:ほんと! 先生、好き~!
私:・・・

上のように手話でいわれてしまうと、この学生はもしかして私に恋愛感情があるのか?と疑ってしまう。


私:もう帰るから、退出の用意してね
学生:え~、課題がたくさんあるんです…
私:(と、私に察してもらおうとする聴文化を察して)う~ん。あとどのくらいかかるの?
学生:30分くらいかな
私:しょうがないな~、じゃ、残ってやるか
学生:ありがとうございます~! だから、先生、好きです~!
私:…

当然、上の会話は手話。

手話で/好き/といわれると、この学生は前から私のことを好きでいて、今回のことでチャンスとばかり「好き」と言ってきたのか?と眉をひそめてしまう。

現実問題として、くだんの学生が私のことを好きになるわけがないから、頭を日本語にスイッチさせて、先ほどの会話を反芻するのだ。

手話では/カッコイイ/、/すばらしい/、/グッド/(親指をたてて)、/尊敬する/等というところを、日本語で「好き」ということがあるようだ。

聴者から日本語の感覚で「好き」といわれて、自分のことを好きなんだと誤解してしまったろう者は、案外、たくさんいるかもしれない。

手話を学習中の聴者の皆さん。もしかしたら、手話にも同じ用法があるのだと思って、なにげなく言ったあなたのその一言「好き」が、相手のろう者をずっと悩ませてしまっているのかもしれませんよ。

(2005.12.6)

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2005/11/21

No.064 ■オイルと油

11月6日~8日、アメリカはラスベガスで開催されたASLTAの大会に参加してきた。

ASLTAは、American Sign Language Teachers Associationの略で、アメリカ手話教師協会ともいう。今年で創立30年を迎え、これを記念しての大がかりな大会となった。

ASLTAの会長(President)は、何度か日本でも講演したことのあるレスリーさん(Leslie C.Greer)でドイツ系のアメリカ人。

レスリーさんとの出会いは、1992年にサンディエゴで開かれた手話言語学関係の研究大会で。当時、私はASL(アメリカ手話)が全くできず、そんな私を気にかけてか、レスリーさんは私に身振り手振りでいろいろな情報を提供する等、親切だった。

翌年、デンマークで開かれたろうの研究者のための合宿形式のワークショップでレスリーさんと再会、約1週間ほど寝食を共にし、私のASLも少し向上。1994年のデフデー94(Dpro主催)でレスリーさんの講演が実現。テーマは、当時では珍しかった「ろう文化」。

そして、那須高原でろう青年リーダー養成のためのキャンプに参加、さあ、これからバーベキューをしようという段階になって、レスリーさんと「オイルと油」をめぐってお互いに???状態になったことが忘れられない。

事の発端は、バーベキューで使うサラダ油を私が手話で/油/と表現したため。

日本の手話を少しずつ覚えつつあった彼女は、ガソリンの手話を/車+CL注す/、もしくは/車+油+CL注す/、/油+CL注す/の3通りあることに気づいていたようだ。

私のサラダ油の/油/に、レスリーさんは目玉をひん剥くばかりに驚いて、バーベキューにガソリン?と言うのだ。レスリーさんが何に驚いたのか、いまいちよくわからなかった私は、ガソリンでなくて、食用の油だから心配しなくてもいいよというと、彼女はそういう次元で心配しているのでなく、手話が問題だという。

彼女の驚きは、食用にもガソリンにも同じ/油/を使うことにあるらしい。日本手話では、食用・ガソリン両方に/油/の手話を用いることが可能だが、ASLでは、食用の油とそうでないものとをきっちりと使いわけているようだ。だから、アメリカのASL話者であるろう者からしてみれば、食用油とガソリン両方に同じ語をあてるのに違和感を感じるのだろう。

語彙の体系は言語によって異なる。

食用の油でも、ガソリンでも、日本手話の場合は/油/を用いるが、アメリカではそうではない。そして、どちらが正しくて、どちらかが間違っている、というという問題ではない。

レスリーさんもそのことは十分にわかっているので、後は笑い話になった。

しかし、このことは、ASLと日本手話の関係だけでなく、日本語と日本手話の関係においても同じことがいえるということを忘れてはいけない。

例えば、日本手話の/終わり/と日本語の「終わり」。両方の語の意味範囲が完全に一致しているわけではない。だが、手話学習者である聴者は、自分の母語である日本語の語彙体系にあてはめて日本手話の/終わり/を理解しようとして、結果的に間違った使い方を身につけることになる。

それだけならまだしも、日本語の語彙体系に照らし合わせて、ろう者の手話の語の用法を間違えていると指摘するような手話学習者もいる。

レスリーさんのように、相手の言語を正しく理解するためには、まず、自分の言語の語彙体系から脱することではなかろうか。

(2005.11.14)

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2005/10/10

No.063 ■コーダの通訳者の不遇?(2)

私が地方で講演をするときは必ず自分専用の通訳者を連れていく。「自分専用」と書くと誤解を招きそうだが、私の話を正確に通訳できる人でないと困るので、とにかく講演を受ける条件として通訳同行を認めてもらうようにしている。

というのも私には苦い経験があるから。私の手話での話を日本語にするときの通訳の声は聞こえない。だから、私の話がどんな日本語になっているのかはそのときは知らない。そして、私は知ったのだ、日本語への通訳がそれほどひどいものになっていることを。

ある講演先で、私の講演を文字化して報告集に載せたいという話があった時のこと。地元の通訳者が私の講演で通訳したときの声をレコーダーに記録してあるので、そのテープから文字化し、それを掲載したいのだという。

その話に一抹の不安を感じた私は、文字化したものを見せてもらうことにし、講演先を後にした。そして数週間後、文字化されたものが送られてきた。レポート用紙1枚目からあまりにもひどい日本語になっていて、講演のビデオを送ってもらい、こちらで改めて日本語に翻訳しなおしたことがある。

きれいな日本語になっていないのはまだいい方である。日本語が滅茶苦茶な上に私の言ったことが全く逆のことになっていたり、話の辻褄があわなかったり…。稚拙で文になっていなくて、そして間違いだらけの通訳者の声が会場にいた手話のあまりわからない聴者の耳に届いていたかと思うと憤懣モノである。以来、私は手話通訳者を連れて行くようにした。

そして、日本手話から日本語への通訳に対し神経質になった。ろう者の発言が通訳によって捻じ曲げられたりしたら困るからである。(ろう者の人格が通訳者によって貶められるのももっと我慢がならないが…)

そうした矢先、コーダの同時通訳の声を文字化したものを見せてもらった。同時通訳という条件の厳しい中、無駄がなく洗練された日本語になっているのに非常に驚いた記憶がある。

以下、Aは手話のメッセージを正確に理解しているものの、訳出されている日本語がくどい、あるいは不味い例。Bはコーダの通訳者が訳出した日本語例。

例1
(A)仲居さんが朝食を運んでいたら(廊下に)何も気付かず寝ている彼を見つけ、起こしました。彼は目がさめ、大変驚きました。
(B) 朝食の準備をしていた仲居さんに起こされ、(彼は)びっくりしました。

例1の手話文は、日本手話でよく使われる行動ロールシフトの入ったもので、Bのような「~されて」という言い方を選択することによって、手話文にある多くの情報が短い訳出文に凝縮されている。

例2 
(A)「困ったね、どうしよう」と主人と相談して、主人と一緒に近所の店に行ってペンキを買うことにしました。
(B)それで主人とペンキを近所の店で買うことにしました。

日本手話では<移動>に関する動詞がポイントになっている。/会う/、/行く/、/引っ越す/、/歩く/…。また、/相談する/、/聞く/、/見る/、/(スイッチを)入れる/等も、日本手話では大事な役割を持つ動詞であるが、日本語に訳出する時、これらの動詞を入れると冗長な日本語の文章になってしまうのである。

例2の日本手話の文では、/相談する/や/行く/という語が出てくるが、コーダの通訳者が訳したBの訳文では、これらの語が出てこない。会話引用のロールシフトの部分「困ったね、どうしよう」も、「それで」と通訳することですっきりした日本語にしている。

しかし…地域で手話通訳の養成を担当しているろう者にオリジナルの手話文(ビデオ)と訳出文を見せたところ、この人は全然読み取れていないというのではないか。

この養成担当のろう者にいわせると、例1では、仲居さんが寝ている彼を見つけるところや何もわからずに寝ているという彼の描写ができていない、例2では、会話引用部分の「困ったね、どうしよう」「主人と相談して…」「行って」が抜けているからだという。

日本手話のそういった部分が、Bのような訳出文と等価な意味・メッセージを持つのだということをろう者に説明してもなかなか納得してもらえない。というのも、ろう者にとって日本語は外国語のようなもので、日本語のもつ言語的構造をよく理解していないためだと思う。

けれども、日本語を母語とする手話通訳者でさえ、コーダのBのような訳出文を「まとめすぎ」「手話を見落としている」「具体的な描写がない」と言っているのだ。

日本語から手話への訳出も、「言っていないことまで訳している」「自分勝手な通訳」…と言われる始末である。

このように、コーダに対する通訳の評価は…全体的に低い。

メルマガ62号で書いたように、手話通訳の世界では、日本語対応手話とか中間的手話(実は私にとってもその実態はよくわからないのだが…)というものが主流になっていて、コーダの通訳の能力が正当に評価されていない。(帰国子女の通訳者と同じ通訳上の問題を抱えているコーダもいるが、その問題が見えにくくなっているというのもまた問題だろう)

ところで、手話にまつわる神話…日本手話には接続詞がない、テニヲハがない、主語と目的語を区別する方法がない、助動詞がない、受身形がない、使役がない、時間軸に沿って表現していくしかない、細かいニュアンスを伝えられない…等など…。

私だって20代前半まで「手話ってできそこないの言葉だ」と思っていた。現在もなお、かつての私と同じ思いを抱いているコーダはたくさんいるだろう。

北欧では、(子どもの)コーダに関するろう親への教育がプログラム化されている。ろうの親に対しマイナスの見方を持たないコーダの子ども達は、自分の親が話している手話が好きになるし、ろうや手話、通訳関連の仕事に就こうとする意欲が高まるという。

おそらく日本手話の認知度が遅れているというのもあるだろうが、日本でもこうしたとりくみが急がれるべきだと思うのだが…現実は…なかなか遅々として進まない。これはまた、コーダの通訳について正当に評価できる日がしばらくの間、到来しそうにないということを意味しているのかもしれない。

(2005.10.3)

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2005/10/03

No.062 ■コーダの通訳者の不遇(1)

コーダとは、Children Of Deaf Adultsの略で、ろうの成人のもとで生まれ育った子ども。私のようなデフファミリー出身のろう者も広義的には含まれているらしいのだが、一般的にはろうの両親のもとで生まれ育った聴者のこと。

コーダは、いわゆる帰国子女と似ている。帰国子女のほとんどはバイリンガル。米国からの帰国子女だったら、日本語と英語のバイリンガルということになる。(ただ、バイリンガルといっても、パーフェクト・バイリンガルから片方優位のバイリンガル等、多様な形のバイリンガルが存在するので一概にはいえないが…)

帰国子女の英語の聞く力・話す力は、ネイティブサイナーのそれと同じで、発音も話し方も米国仕込みであるから、日本人の英語とは全く違うらしい。英語を母語とする人(例えば、アメリカ人)にとって、帰国子女の英語は、日本人の話す英語(ジャパニーズ・イングリッシュ)と違って、快適に聞こえるだろう。それと同じで、コーダの日本手話は、日本手話を母語とするろう者からみれば、音韻・文法・語彙レベルにおいて誤用がほとんどなく、ストレスフリーでコーダとの会話を楽しめる。

しかし、通訳となると事情が少し変わる。帰国子女が全員すぐれた通訳者になるわけではないからだ。バイリンガルだから通訳も簡単にできるのだろうという思い込みがあるから、帰国子女に対する期待も大きいのかもしれない。

優れた通訳者は、発話されたものの構造的な部分だけでなく、コンテクストに含まれたメッセージの意図をくみとり、通訳しようとする言語において、そのメッセージと等価な意味をもつ文におきかえるという作業を瞬時に行なうことができる。(下手な通訳者は、起点・目標言語の両方の文の構造のみにとらわれすぎてメッセージを伝えることができない)

通訳の訓練を受けていない帰国子女の通訳は目を覆うばかりであるという話を聞いたことがある。例えば、投資に関するセミナーでは、経営や経済に関する専門的な知識がなく、また事前に資料に目を通すなどの通訳者として必要な事前準備をしていなかったために満足な通訳を、日本語・英語のバイリンガルであるにもかかわらず帰国子女はできなかったというような話である。

帰国子女でない通訳者の場合、英語が母語でないというハンディを背負いつつも、ネイティブ・スピーカーをモデルに聞く、話す努力を日々続けながら、自分の不得手とするジャンルでの通訳にのぞむ場合は前もって専門書で知識を仕入れたり、英語の単語を確認したりして本番に備えている。いわば、通訳として必要な「企業努力」をしている通訳者は、英語の発音やアクセントが多少下手でも、十分にその通訳としての任務を果たしていることになる。

もちろん、帰国子女でも、しっかりした通訳トレーニングを受け、通訳に必要な「企業努力」をしている人はいる。そうした人は英語を母語としない通訳者よりはるかに条件が有利でツヨイ。もともと英語を母語のように操れるのだし、文化の違いをふまえた通訳もうまくできる。

コーダにも当然、通訳として「企業努力」をしている人がいて、優れた通訳として活躍している人はいる。だが、全体的にみるとまだまだ少ないようである。

先ほどの英語の通訳の例とは違って、手話の場合、日本手話でない、日本語対応手話というのが存在していて、それが話をややこしくしているからだ。

私がいる国立身体障害者リハビリテーションセンター学院・手話通訳学科の学生は、入学当初から日本手話を習う。夏休みに入る前まではほぼ毎日のように日本手話だけの授業がある。2年目になってようやく日本語から手話への翻訳・通訳トレーニングが始まるが、彼らの日本手話の力は、先ほどの、英語を母語話者としない通訳者の英語の力より少し下という程度と同じ位といえるだろう。

しかし、地域の手話講座で教えられている手話は…残念ながら、日本手話でないことが多い。そして、ろう者の日本手話を読めない通訳者が多く生まれ、ろう者に通じない日本語対応手話で通訳しているのだ。そして、舞台上にいる対応手話の通訳者にあこがれのまなざしを送りながら、観客席で手を動かしているという未来の日本語対応手話通訳者(=手話学習者)がいる…という悪循環…。

コーダの優れた手話通訳が、そうした対応手話の通訳の人や手話学習者、あげくには日本手話のネイティブ・サイナーであるろう者にまで正当に評価されていない…という事態が悲しいことにしばしばあるのだ。これは、先ほどの通訳ができていない帰国子女の通訳の問題と同一の例ではない。

コーダの通訳が正当に評価されていないという例を次号メルマガにていくつか紹介したいと思う。

(2005.9.26)

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2005/09/26

No.061 ■手話の語源について(3)

メルマガ読者の方から語源に関しての体験談を寄せていただいたので、いくつか紹介したいと思う。

このメルマガ読者の方は、「原田」という人名の「原」のところを手話の「腹」とやるのをみて、「腹」と「原」は違うのにな…当初は違和感を感じたという。でも、手話になじんだ現在では、「日本語で『原』と『腹』が違うからと言って、手話まで別々の表現である必要はなく、手話の『原』と『腹』が偶然同じ表現だったとしてもそれはなんの問題もないことだと思うようになった」という。

似たような例として、人名「片岡」の「片」は「肩」で表現されている。このように、日本語のオトから手話化(手話として語彙化)された時点で、手話の/片/はもはや「肩」という意味を持たない。

それでは、実際に「腹」や「肩」のことを手話で言いたい場合はどうするの?という疑問も出てくると思う。この場合は、体の部位を指し示す際に共起されるNMS(部位を示すマーカー)が伴っていればOK。

話をもとに戻して、語源をていねいに説明してくれる先生のほうが手話学習者の間では評判がいいのだそうだ。

なぜ、手話学習者はそんなに語源にこだわるのか、そして、「どうして」としつこい位に聞くのかについて、あるメルマガ読者は自分の仮説をメールしてくださった。

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英語なら、「『机』は"desk"です」と教わっても、「どうしてdeskって言うんですか」という質問はしないのに、日本手話だと「どうして」と聞いてしまうのは、たぶん、ほとんどの人が間違って思いこんでいること、すなわち「日本の手話は日本語を手の表現に置き換えたもの」という誤解によるのだと思います。ですので手話初心者は、手話表現が日本語にリンクしていないと、納得できないのだと思います。~中略~ 逆に、語源を質問して、それが日本語とリンクしていると、「安心できる」のだと思います。
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なるほど、この説、非常に的を得ていると思う。手話学習者がその日に習ったことを忘れないようにすることと、日本語とリンクしていることで安心できる材料として、語源の知識にそれを求めるというのは、学習者の心理として理解できるところではあるけれども、やはり、語源の知識が即、手話を理解できる力に結び付けられるわけではない。

歴史の年号を覚えるときの語呂合わせ、たとえば、鎌倉幕府ができたときの1192年のことを「1192(いいくに)つくろう鎌倉幕府」のようなものと同じで、手話の語源を知っておくと、「あれは何だっけな、そうだ、こんな手話だった」と後で思い出せるから、語源は知っておいたほうがいいという人もいる。

歴史の年号の場合は、引き出しにしまっておいた記憶を呼び起こすのに語呂合わせというのは有効かもしれないが、会話相手の手話の、ある語がわからない時に、覚えておいた語源の説明から、その語を思い出せるというのだろうか? むしろ、語源を思い出そうとする努力すらもできないくらいに、その語の形が説明された語源の形から非常に離れていて原型をとどめていないということもあるのだから、語源の知識がろう者との会話をスムーズにさせるということもない。

大げさな言い方になるかもしれないが、「語源に依存した手話学習は百害あって一利なし」。

(2005.8.29)

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2005/08/29

No.060 ■手話の語源について(2)

今週のメルマガは、「手話の学習に語源の知識」は全く役に立たないことの理由を書きたい。

その際に引用される有名な例が県名の/秋田/。/秋田/には漢字通りに/秋/+/田/と表現されるものと、秋田名産の蕗(ふき)からできたものがある。地元の秋田では、後者の/秋田/が使われていると思う。

手話講座でこの単語を教えるときは、語源が蕗であることを説明し、なおかつ、利き手の手型/タ/(国際的な身振りサインと通用する「グッド」を意味する親指を立てた手型と同じ)の親指の部分が蕗の茎で、非利き手の手を広げた形/B/型は蕗の葉だという説明が付く。

そして、さらに、非利き手の手のひらを上のほうに向け、芯を意味する利き手の親指をまっすぐに上にして手の甲を支えるようにと細かい説明が付く。こうして出来上がったものは、まさに、蕗を模写したような感じである。

ところが、数年も手話を習っているというのに、ろう者の「私は秋田出身です」という入門レベルに相当する手話文を読めない。出身の説明をしているということすらわからないという学習者(通訳者も!)もいる。

この「私は秋田出身です」の文、手話では、/私-生まれ/、/秋田/という構文になっているのだが、ここで表現された/秋田/の、非利き手の手のひらは上を向いておらず、利き手の/タ/も、いわゆる「グッド」を横においたようになっており、手話講座で説明された/秋田/の形とは違うため、本当に別の手話にみえるらしい。

/秋田/の手話の語源説明のみならず、手の形はああすればいいとかこうすればいいというような説明もつく。/秋田/の例では、「非利き手の手は、蕗の葉をイメージしてね。つまり、5指は伸ばして、手のひらは上にしてね。これが蕗の葉ね。それから、利き手の親指を非利き手の甲の下にあてるようにしてくださいね。この親指は蕗の茎ですから、まっすぐにしてね。そして、トントンと手の甲を突き上げるように小さく動かせば、ハイ/秋田/ですよ」というふうにであろうか。

実は、上のように語源に忠実な形として、手の形や動きをひとつひとつきめ細かく設定して教えること自体がすでに間違っているのである。

手話を母語とするろう者は、/秋田/の非利き手の手のひらがどこをむいていようと、非利き手の手の甲に利き手の親指の先をあてる動作だけがあれば/秋田/とわかるようになっている。

一方、/名前/の手話は、手話講座では、この語源が拇印を押す動作からきていることを説明した上で、非利き手の手のひらを正面にむけ、利き手の親指の先を手のひらにあてる動作をすればよいというように教えていると思う。

実は、/名前/と/秋田/は、(音韻の)ミニマルペアの関係にある。極端な話、利き手の親指をあてる動作の先が手のひらか手の甲か、だけで/名前/か/秋田/を区別しているのである。手のひらがどこをむいているのかは、ここでは音韻的に重要視されていないのだ。

つまり、/秋田/が手話の語として語彙化される時点で、手のひらの向きの区別が失われ、もとの語源の形からは大きくかけ離れた形になった。

手話の語は、語彙化される時点で、語源に忠実な形は失われ、語源に依存した手話学習は無意味であるということがわかると思う。

次週のメルマガも、メルマガ読者の方の体験談や感想も含め、手話の語源に関連したことを少し書きたい。

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2005/08/22

No.059 ■手話の語源について(1)

地域の手話サークルや手話講座と関わりを持つようになったのは大学2年生の頃。当時、手話の先生をしていたのは聴者で、私を含めろう者は、手話の先生の下で一緒に手話の指導をしていた…という感じである。

ある手話講座で、読み書きがあまりできないろうの女性に日本語の例文を見せ、手話ではどうやるの?と聞いた手話の先生(聴者。以下、手話の先生=聴者とする)がいた。ろうの女性はその日本語の例文の意味がわからなかったらしく、結局、手話の単語をつなぎ合わせた感じの、日本語対応手話からみても日本手話からみても変な文になってしまった。すると、先生は笑って「やはり日本語ができないと手話を教えるのは無理みたいね」みたいなことをいうのではないか。

その先生は、結局のところ、日本手話とは何か、ということをわかっていなかったのだが、私も私で、その時に心の中で生じたある違和感について説明できずにいた。

実は学院・教官の仕事に就く前、私自身が単独で(独立して一人で)手話を教えるという経験は全くなく、10人位の手話の先生の助手をしたのみである。地域の手話講座、東京都の専門クラスや通訳養成クラス等の助手を5~6年ほどだか経験した。

どの手話の先生にも共通していたことは、手話の語源(手話の成り立ち)の知識の豊富さ。手話の語源を知らないと手話の先生になれないかのように…だ。

確かに手話の成り立ちを知るのも悪くはなかろう。しかし、手話の指導の様子をみていると、ほとんどが語源の説明に費やされてしまうのである。そのため、手話学習者も新出単語が出てきたときに「語源は何?」と安易にたずねてしまう習慣がついてしまうようだ。

(東日本で主流になっている方の)/名前/が拇印を押すときのしぐさからできているという説明を手話の先生から初めて聞いたときはそういうものなのか~と感心したのだが、/例えば/という手話の語の語源をある手話の先生が説明したとき、「これって、ちょっとこじ付けじゃないのかな…」と語源説明が中心の手話講座のあり方に疑問を持つようになった。

手話の語源の名著「手話の知恵 ~その語源を中心に~」が昭和62年に刊行されているが、この本はある意味、ろうの先人達が手話という言葉をつむぎだす上での知恵を知るという意味では有意義な本だと思う。語源はひとつではなくいくつかの説があるということを著者の大原省三氏が自ら説明している。

大原氏は第一章の中で「~ろうあ者の世界で手話の語源を知らないといっても、これは何もろうあ者の不名誉とはならない。一般の人々が、相撲の”幕内”や”幕下”の区別を知っていても、どうしてこのコトバが生まれたのか知っている人は少ないのと同じである。ところが何故か、ろうあ者の手話ともなれば『知らない』では済まされない。」と書いてある。

手話の語源の知識があまりないろう者よりは、語源を丁寧に説明してくれる手話の先生のほうを信頼しようとする手話学習者の態度を招く語源中心の手話指導のあり方を嘆き、上のような文章を書かれたのだろうと私は推察する。

大原氏は故人となられたが、手話を教えてもらうときに語源の説明は必要不可欠であるという認識はいまでも根強く残っているようだ。

すなわち、手話講師としての資質度・能力度は、いまでも、手話の語源の知識度に比例している。手話の先生は、手話の語源についてよく勉強しているし、ろう者以上によく知っている。

手話学習中の人と話をしていると必ず「今の手話は何?何?」と聞かれ、それだけならまだしも「え~、そういう意味なんだ!語源はな~に?」と聞かれるのにはもううんざりだというろう者はたくさんいる。

手話の語源をよく知らないからと手話講師を強く辞退するろう者もいるし、ひどいのになると、手話を学習中の聴者から、手話の語源も知らないの!と呆れられて、手話サークルに行こうという気持ちが失せてしまったという話もある。

手話学習中の人の立場からいうと、手話の語源を説明してもらったほうが忘れにくくなる、覚えやすくなるというが、それは果たして本当のことだろうか?

次回のメルマガでは、手話の語源は手話学習にちっとも役にたたないということを書きたいと思う。


※大原省三著「手話の知恵 ~その語源を中心に~」1987年発行
 財団法人全日本ろうあ連盟・定価:3,800円(税別)

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2005/07/25

No.058 ■/必要ない/

/必要ない/は、利用頻度の高い単語である。そして、/かまわない/と同様、日本語のそれと意味範囲が大きく異なる語のひとつにあげられるだろう。

ナチュラルアプローチによる手話講座で、手話の初心者に/必要ない/を意識して導入するのは、シラバス「朝食」の時である。

「朝ごはんを食べているかどうか」と質問に対して、日本語話者だったら、「食べていない」「朝ごはんはとらない」「朝食を抜くことが多い」等と答えるが、手話話者だったら「朝ごはん、/必要ない/」となる。

日本語の「必要ない」は、「~しなくてもよい」という意味合いで使われることが多いためか、手話話者の「朝ごはん、/必要ない/」は「朝ごはんは食べなくてもよい」に聞こえる(見える)ようである。

手話経験者(=聴者)はこの「朝ごはん、/必要ない/」の言い方に抵抗感があるらしく、「要らないと言わないでください。朝ごはん、大事です」と言ってくる人もいる。

そして、次のコンテクストで、手話学習者はようやく/必要ない/が日本語とはどうも違うらしい…と気づく。

つまり、「家では、朝ごはん/必要ない/だけど、会社の近くのドトールで朝食をとることにしている」(=朝食は家でなく会社近くのドトールで)におけるコンテクストで「家では朝ごはんは食べないけれど…」ということがわかる。

「私はコーヒーに砂糖は/必要ない/なの」も「砂糖は入れない」という意味で使われている。

しかし、次のような場面では、手話学習者は自分の存在意義を疑うことになって大いに悩む場面になるだろう。

場面:キャンプの実行委員会で、出産を控えたスタッフが赤ちゃん連れでキャンプに出たいと言った時。

スタッフA:キャンプは赤ちゃんを出産して3ヶ月目くらいだから、キャンプに出られるかな~と思うけど。
スタッフB:え~、来る/必要ない/よ! 3ヶ月の赤ちゃんと一緒にお出かけは無理だと思うよ。

上の/必要ない/よ!は、「無理してくることないよ」という意味であるが、手話学習者は「来る必要はないよ」とか「来なくてもいいよ」と解釈してしまうようだ。

場面:風邪を引き、熱も出てきたが、会議が数時間後に迫っているとき。

A:熱が出てきて、ちょっと気持ち悪くて、会議を欠席しようと思うんですが…。
(※日本語話者だったら、「会議を欠席しようと思う…」の部分は言わない。「気持ちが悪くて…」で終わらせる)
B:だったら、会議に出る/必要ない/から、早く帰りなさい。明日も調子が悪そうだったら、会社に出る/必要ない/から。
A:わかりました。ありがとうございます。

これも「会議に出なくてもいいから」と「無理して出社しなくてもいいよ」という意味で使われている。ところが、同じシチュエーションで手話学習者は、「会議に出る必要はないから」「出社する必要はないから」と解釈し、自分は
そんなに戦力のない存在だったの…と自らの存在意義を疑う事態になりかねない。

そして、さらに…。

何かしてあげよう(「手伝いましょうか」「私が借りてきましょうか」「聞いてみましょうか」)と相手にふってみたら、/必要ない/と返ってきて、ショックを受けたという手話学習者は多いのではないだろうか。

場面:これから始まる会議の準備のために忙しくしているBさんに、コピーの手伝いをしようと思って…。

A:コピーをしてきましょうか?
B:いいよ、/必要ない/から。

手話学習者の解釈は2通りに別れるだろう。①コピーをする必要がないから、しなくてもいいよ ②あなたがコピーをする必要はない(自分がする)から。②のほうを解釈した人は大変なショックを受けたのかもしれない。あるいはBさんのことをなんて冷たい言い方をする人…と思ったのかもしれない。かといって①が正解ともいえない。

正解は…「あ、コピーは大丈夫です」。

「手伝いましょうか」「私が借りてきましょうか」「聞いてみましょうか」に対して/必要ない/がかえってきた場合は、「手伝う必要はない」「借りてくる必要はない」「聞く必要はない」ではなく、いずれも「大丈夫です」という意味なのだ。

手話の/必要ない/の使われ方は、もちろん、上記以外にもいろいろある。今回はその一部を紹介した。そして、それが手話学習者の間で軋轢を起こしやすい語であるということも。

手話学習者は、手話の単語を自分の言語(=日本語)の語彙がもつ意味範囲にあてはめて理解しようとしないでほしい。手話を手話のまま受け入れて、手話の単語がもつ意味の世界を泳いでいってほしい。

(2005.7.18)

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2005/07/19

No.057 ■「すみません」

教官室に私と同僚のОさん(ろう者)しかいなかったときのこと。教官室のドアは例によって開けっ放しにしてある。そのドアのところに誰かが立っているような気配がして目をやると…顔見知りの手話の少しできる職員がいた。

その職員は、ドアにコンコンとノックしながら手話で「すみません」を何度も連発しているのだった。私もОさんも気づいていない間に…である。

私「………」。Оさんも目をパチクリさせている。

「私もОさんも『ろう者』ですから、ドアをノックする行為は無意味ですし、私たちを呼びかける行為として『すみません』もちょっと違うんですけど…」と言いたくなるのを我慢して、その職員を教官室に迎え入れた。

日本語の「すみません」には8つの機能があるらしい。まず、上記のような、人を呼びとめたり、部屋に入る時などに発せられる「すみません」。これ、相手に謝っているわけではない。

手話話者は、相手を呼びとめるときは、手招きして相手の注意を喚起し、相手と視線をあわせてから、自分の都合で相手を自分に引き寄せたことに対するお詫びの気持ちを込めた「すみません」を発し、それから「いいですか?」と確認する。(日本語話者は視線をあわせない前から「すみません」という)

先日、年下の同僚(聴者)の質問の仕方が(ろう文化的に)悪かったために、「今の言い方じゃ何を言いたいのかわからないし、要領を得ないよ、手話ではこんなふうにこう質問すればいいんだよ」と言ったら、期待された反応「わかりました、ありがとう」ではなく「すみません」が返ってきた。

質問の仕方を注意した後、改めて手話における質問の仕方を助言したのだから、どうして「すみません」と謝られるのか私としては腑に落ちない。

「すみません」といわれると、何も怒っていないのに(=質問の仕方が悪いことに対して怒っていないのに)、自分が何か悪者になったような気がして、なんとなく落ち着かない。

日本語話者の場合は何か注意されると「すみません」と言い、その後に助言されるとまた「すみません」と言うのだろうか?

手話話者では、注意の後に助言が続く場合、感謝のことばを述べればよい。

助言がなく注意だけで終わってしまったら、かなりオカンムリであることがわかり、「わかりました。これから気をつけます」といった後に付け足したように「すみません」という。(日本語話者は真っ先に「すみません」と言うが、手話話者は最後に言う。)

ところで、ろう者から注意を受けた聴者(手話学習者等)は、ろう者のように「わかりました」と先に言わずに、ただひたすら「すみません」としか言わない。だから、注意したろう者の立場からいうと、「注意を受けたことの意味を本当にわかっているのかな…『すみません』というのは形だけで、注意された内容については納得していないのかな…」と疑ってしまう。

日本語話者にとって「すみません」は、オールマイティな機能があるらしい。

『広辞苑』(岩波書店・第五版)で改めて調べてみた。

広辞苑:「済まない」の丁寧語。

たったこれだけです。アウトですね。全然役にたちません(冷や汗)。

『ジーニアス和英辞典』(大修館書店)で調べてみると…「ごめんなさい、申し訳ありません、失礼、ありがとう」という意味だという解説がついている。なるほどね、「申し訳ありません」と「ありがとう」が一緒になっているのだから、これはすごいというしかない。

『大辞泉」では、『相手に謝罪・感謝・依頼などをするときに用いる。「連絡が遅れて―」「お見舞いをいただいて―でした」「―が本を貸してください」』(一部引用)となっている。

手話では、感謝の気持ちを表すときに手話で「すみません」ということはない。しかし、手話通訳者や手話学習者は感謝の気持ちをあらわすときに手話で「すみません」ということがよくある。言われた方(ろう者)は、何も怒っていないのにナゼ?と思いつつも、「いえいえ、大丈夫です(手話では/かまわない/)」と言うことになる。

「すみません」という語彙、日本語にも手話にもあるのだが、その使われ方が大きく異なっているということに気をつけていないと、相手に要らない誤解を与えたり、人格を誤解されたり、あげくには人間関係がうまくいかない場合だってあるのだ。

(2005.7.11)

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2005/07/11

No.056 ■腕を組む

日本人にとって「腕を組む」という行為はどのように解釈されるのだろうか?

数年前だったか、職場の広報(映画)の関係で授業の様子を撮影にきた時、私も教官のひとりとしてその撮影にたちあった。教室の後方で腕を組みながら、撮影の様子を見守っていたのだが、その後、広報を担当した職員からⅠ教官に電話があった。

「木村さんの態度が悪い(=生意気)ですよ。Ⅰさんの指導が行き届かないのではないですか。」

電話に出たⅠ教官も唖然としたが、その話を聞いた私も唖然とした。唖然とした理由はふたつ。ひとつは、「腕を組むという行為が悪い(=生意気)という見方を持っているということ。もうひとつは、ろう者を指導される対象として位置づけ、Ⅰ教官に指導を頼もうとしていたことだ。

また別のろう者は、聾学校在学中に担任の先生から「腕を組んではいけない!」とよく注意されたという経験を持つという。

電機会社に勤めていたろう者の場合は、自分の所属するろう者のバレー部の練習で、聴者のコーチから説明を聞いていたら、「腕を組むな!」とひどく怒られたことがあり、なぜ腕を組んではいけないのかと思ってしまったという。

私の、広報担当職員に間接的に注意されたのを機に、それまでには意識にのぼらなかった「腕を組む」という行為について考えてみた。

日本の聴者にとって「腕を組む」行為にどんな意味が込められているのだろうか?

周囲の聴者に聞いてみたところ

・1対1で話すときは腕を組まないようにしている。
・「腕を組む」=尊大な態度というイメージがある。
・不特定多数の中にいるときに「腕を組む」ことはあるが、特定の中にいるときは腕は組まないようにしている。
・自分を見せたくないときに腕を組む。
・先生とか上に立つ人が「腕を組む」ことはあると思う。
・目下の人や若い人が腕を組んでいたら、何だか生意気に見える。
・講演の聞き手に「腕を組んでいる」人がいると、自分の話がもしかしたら下らないことだと思われてしまっているのかも…とちょっとびびってしまうことがある。
・相手の話に同調したくないときに「腕を組む」ことがある。
・上下関係の厳しいところでは「俺が偉いのだぞ」ということを示すために「腕を組む」ことがあるのでは…?
・相手に腕を組まれると、自分が邪魔な存在に感じられる。
・腕を組んでいるバレーやサッカーの監督には信頼感を持てる(どっしり感がある)

など等の「腕を組む」に関してのコメントが寄せられた。

また、ホテルのフロントマン、レストランのウェイターやウェイトレス、客室乗務員等のサービス業に従事している人達(サービスマン)は、お客のいるところでは決して腕を組まない。お客の心理に立てば、腕を組んでいるサービスマンのところには行きづらい(近づけない)からだという。

ろう者にも「腕を組む」という行為について聞いてみた。

・「腕を組む」=相手の話を一生懸命聞いているということの表れだと理解している。
・「腕を組んでいる」時は手を動かせないから、相手の話をとことんまで聞いてあげるという意味になると思う。
・相手の話を真剣に考えようとすると自然に手を組んでしまう。
・手持ち無沙汰なときに腕を組む。
・非常に尊敬する人の前では「腕は組まない」ほうがいいかも。しかし、話を聞いていくうちに腕を組むことがある。

聴者の場合は、腕を組むこと自体が上下関係を表すシンボルになるのに対し、ろう者の場合はそうでないことがわかると思う。

現在の手話通訳学科の2年生の様子をみてみると…いつも腕を組んでいるのはコーダの女の子2人。そのコーダの子2人は対照的な性格をしているのだが、腕を組んでいるところは同じ。

「腕を組む」というような文化的に意味をもつ行為(しぐさ)は、国によって、というよりも文化によって、その行為(しぐさ)が持つ意味や規範が異なってくる。もちろん、聴文化・ろう文化でも「腕を組む」という行為の意味基準は異なってくるはずだ。

微妙に重なるところもあるだろうし、まったく逆というときもあるだろう。

くだんの広報担当の職員は、そういう意味では、残念ながら、ろう者のことをまったくわかっておらず、自文化中心主義なものの見方で判断したことになる。

自分とは異なる人々を自分のモノサシで相手を理解するような自文化中心主義の人は、自分をとりまくこの社会に、自分のモノサシでははかりきれない多様な人がいるということに思いに至らないのかもしれない。

(2006.6.26)

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2005/06/27

No.055 ■手話で話す<ろう児達のことば>

私の両親と弟はろう者。つまり家族全員がろう者なのだが、最近のデフ・フリースクール「龍の子学園」の子どもたちの様子をみていると、子ども時代の手話に対する態度が私たちの世代と龍の子の世代とではかなり違うようだ。

弟を山口から東京に連れ出したのは弟が小6のとき。都下の大島で開催された全国聴覚障害学生の集いに参加させたり、手話サークルにも連れて行ったりした。弟は集いに参加した学生の間で妙に人気者になり、学生達とのコミュニケーションを楽しんでいた。

手話サークルのリーダー的存在だった聴者が弟のことを「親がろう者なのに、全然手話ができないのね~。これからもっと手話を勉強したほうがいいわよ」と評した。私はそのコメントに戸惑いや違和感を感じながらも、「そのうち、手話ができるようになると思います」と話したのを覚えている。

私は物心がついたときから両親の手話はみていて、何を話しているのかは理解していた。それは弟も同じだったと思う。けれども、当時、手話はよくない言葉、動物的な言葉だと教えられていたので、手話を蔑視していた。

手話で話すということは自らの位置を貶めることだと思っていた。学校でも、口話で話す訓練は山ほどしても、手話で人前で話すというトレーニングの時間はまったくなかった。

私は心の中でずっと「手話を使うということは口話教育の信念を曲げること」とか「手話で話すということは人生に失敗したことと同義」と思っていたので、自ら積極的に手話で話そうとしなかった。

私が「目からウロコ」的な経験をしたのは20代の初めに渡米したときである。手話は音声言語と同じように複雑な言語構造を持ち、一個の独立した言語であるということを知ったときの私の衝撃は大きかった。

いわゆる日本語対応手話(シムコム)でない親の手話は、まさに学問的探求の対象となる言語のひとつであることに気づいた瞬間でもあった。また、同時に「ろう」であることや、ろうである親、手話に対する見方が劇的に変わった。

山口の実家の近くの「東洋のハワイ」と私が勝手に名づけている土井が浜海水浴場で30人規模のデフ・キャンプをした後、キャンプに参加した家族連れが私の実家にやってきた。

やってきた家族連れは、両親も子ども2人もろう者という家族。かわいい手で挨拶したときの私の両親のキョトンとした顔が忘れられない。つまり、私の両親は、かわいい手で堂々とお話しする子どもを見るという機会があまりなかったのだ。

そして、「晴美ちゃんが小さいときはあまり手話で話さなかったよね…」と当時を回顧し、手話が禁じられていたからかな…と少し後悔しているようでもあった。

聾学校の先生から「手話で話すと日本語を覚えられなくなりますから、子どものいる前ではできるだけ手話使わないようにしてください」と指導されていたのである。でも、この注文が現実のものになるということはなかったが、「手話はよくないもの」というイメージを両親や私に埋め付けたのである。

だから、手話で話す時は目立たないようにコソコソと手を動かし、手話を流暢に操るよりはぎこちなくした方がマシだという意識が働いていた。

最近は、デフ・フリースクール「龍の子学園」のように、ろうの子どもにとって自然な母語(=第一言語)となる手話で教育を受けている環境で育てられた子どもは手話に自信を持ち、平気で手話を話す。

3歳になったばかりのおしゃべり盛りのろう女児2人(両親は聴者)が「ネコのぬいぐるみ」をめぐって口論(手論!)を始めたところ、手話の環境に最近入り、手話で話す力を伸ばしたばかりの同じ3歳児が口論の対象になっているぬいぐるみを力ずくで奪ってしまった。女児2人は口論を止め、女の子に向かって「なぜぬいぐるみを取ってはいけないのか」ということを諭すように説明したという。

ところが、その女の子は手話の環境にふれたばかりで、女児のメッセージを十分に受け入れることができず、ぬいぐるみを手放そうとしない。結局、女児2人はその女の子にぬいぐるみを取られた形になってしまい、最後には「ママ~」と自分の母親に泣きついたという。

また、別の5歳児の男の子(両親は聴者)の場合は、聾学校の昼食の時間に別の男児と手話でおしゃべりしていたら、先生にひどく叱られた。しかし、先生は手話をおまけ程度につけた程度で口話中心だったために、何を言っているのかわからず、なぜ怒られたのか自分で納得できなかったため、自ら不登校宣言をし、龍の子学園にずっと通ったという。

もちろん、男児が不登校宣言をしたとき、男児の親は「何かあったのか話してみて」というのだが「それは言えない」といって、親を困らせたという。しばらくして、男児も落ち着いてきたのか、龍の子学園のスタッフに「食事をしながらおしゃべりをすることはいけないことなの?」と聞いたという。

親がろう者であろうと聴者であろうと龍の子学園に通っているろう児達は自分たちのことばである手話で話すことに自信をもっている。そして、自己主張ができ、相手の話を聞くことのできる子どもに育っているようだ。

弟を含め、私たちの世代のろう者は上の子どもたちのような経験がない。手話は隠れて使うものという意識が強かった。

正直にいってとてもうらやましい。

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2005/06/20

No.054 ■日本手話の口パクパク型

言語は、話し手がいる以上、変化していく。話し手がいなくなれば、その言語は死んでしまう。言語は、話し手と共に生きているようなものだ。

「最近の若者はことばがなっていない…」とか、「ことばが乱れている!」と嘆いているのは、聴者だけでない。ろう者も嘆いているのだ。

いや、正確にいうのならば、「年配のろう者が最近の若いろう者の手話の乱れを嘆いている」ということになる。

この嘆きには2つの種類があり、厳密にわけておく必要があるようだ。ひとつはいわゆる口パクパク型の手話で、もうひとつは、若手が好んで用いるいわゆるヘンな手話。

さて、口パクパク型の手話というのは、日本語の口型がやたらに多い手話のことである。その口パクパク手話のことを「日本語対応手話」だと思い込んでいる手話通訳者や手話学習者がいるが、実は…「日本手話の口パクパク型」なのだ。

口パクパク型の手話がどうして「日本手話」なのかというと、単語や句を日本語から借用しているけれども、手話の文全体をみわたすと、手話文としての構造はもちろんのこと、日本手話のカナメであるNMS(非手指動作)が備わっているからなのだ。

(日本語の構造そのままに話す場合は、口パクパク型なんとかといわずに、日本語対応手話といえばよい。たいていはNMSが抜け落ちている。)

「私のドリームはね、フランスでとってもデリシャスなケーキをたくさん食べることよ。でも、飛行機のマネーがかかるから、ジャパンのケーキで我慢しているの」。

上の日本語の例文について、少し考えてみよう。

「とってもデリシャスなケーキ」、英語的に考えるとオカシイ。本来なら、デリシャス"delicious"にはすでに「とても」という意味が含まれているから、「とってもデリシャス」というのは英語的にはNG。

「デリシャスな」の"delicious"は形容詞で、「おいしいケーキ」の「おいしい」にあたる部分。「おいしいなケーキ」というのはちょっとオカシイけど「デリシャスなケーキ」は、日本語の構造からみれば問題ない。これと同じ例が「ジャパンのケーキ」。英語でいうなら、"a Japanese cake"。つまり、「ジャパニーズ・ケーキ」がホント(?)なのだ。

「飛行機のマネー」というのは、「飛行機代(=航空運賃)」のこと。でも、英語では、"air fare"という。"air money" でないのだ。もし、上の例文の「飛行機のマネー」をそのまま"air money"に訳したら、英語圏の人はビックリするに違いない。

このカタカナ多用型日本語の例文、英単語の借用が多いけれども、文の構造としては、日本語そのもの。それの日本手話バージョンが口パクパク型日本手話。

「ワタシノユメはナニカといえば、フランスにイッテ、とてもおいしいケーキをタベルこと。でも、ヒコーキのオカネがカカルから、日本にいて、日本のケーキでガマン。」(カタカナの部分は、口がパクパクしていて、かつ日本手話のNMSがかかった借用部分)

この口パクパク型手話の例文だが、「~は何かといえば」というのは、日本手話に多くみられる構造で、日本語では「私の夢は~」。「フランスにイッテ、とてもおいしいケーキを~」も、日本語では「フランスのおいしいケーキを~」というところ。手話の「日本にいて」も手話的な言い方になっている。つまり、日本語対応手話のようにみえていても、実は、日本手話の口パクパク型だったというのがよくある。

口パクパク型の日本手話が20代前半の若いろう者に多いのは客観的にみても主観的にみても事実のようだ。しかし、年を重ねていくうちに、日本語からの借用の度合いが低くなり、洗練された日本手話の話し手になっていく。

話をもとに戻して、「最近の若いろう者はことばが乱れている」と嘆いているが、口パクパク型日本手話については、その心配は不要だろう。聾学校を卒業した彼らが自分より年長のろう者達と多くふれあうことで、それまでにインプットされながらも眠っていた言語能力が目覚め、流暢な話し手になっていくのだから。

ちなみに、もうひとつの「ことば(=手話)の乱れだ」と年配のろう者が嘆いている、いわゆる「ヘンな手話」については、言語が生き物であり、ヘンな日本語、例えば、「食べれる」は「食べられる」が本当だとか、「わたし的には~」は「私の場合は~」だろ!と嘆いてもどうにもならないのと同様、年配のろう者から「人差し指と小指で数字の11とはケシカラン」とか「/オーバー/という手話のいまどきの使い方、昔はなかったわよ…」などと言われながら、ろう者の間で定着していくだろう。

(2005.6.13)

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2005/06/13

No.053 ■何が「不便」になってくるのか?

私は大学院の学生もしていて、学部の講義も1コマだけだが履修している。先日、その講義の先生からダイレクトメールで休講の連絡があった。

(通常は掲示板で確認することになっているが、私の場合、手話通訳の手配のこともあり、わざわざメールしてくださったらしい。感謝!)

先生からのメールでは「今日の授業、風邪で声がでないため、休講しましたので…」とある。

「風邪で休講」→ 発熱や風邪による嘔吐、脱水症状…で体調を崩し、休むと思っていたのだが、「声がでない」ために休講っていうのもアリなんだと、私としてはホント「大発見」だった。

ろう者の場合は、風邪で喉をやられても、手で話すから、授業をする分には問題ないのだが…聴者の場合は、特に人前で話す仕事を生業とする人(講師、通訳、アナウンサー等…)にとってはすごくダメージになるっていうことなのね…。

手話通訳の人も「風邪で喉を痛めたとき、日本語への通訳をすることがわかっているときは冷や汗モノだわ。手話への通訳だったら何とかなるけれども…」と話していた。なるほどね…。

この世の中、聴者が圧倒的に多い。バリアフリー化が進んでいるが、それでも、聴者仕様のものが多い。ろう者は確かに不便な生活を強いられている。けれども…、聴者にも不便なことがあるのね。

前の職場の歓送迎会でのこと。同じ職場の人(私をのぞく全員が聴者)10数人が大きなテーブルにつき、司会やスピーチのときは、みんな同じ方向を向いているか、下を向いて話を聞いている。私の場合は、何を話しているのか、話し手の口元をみたり、私のために要約メモをとってくれる隣の人をみたりと、私だけ忙しい。

そして、雑談の時間になり、私はあることに気づいた。みんな、自分の隣に座っている人(2~3人)とだけしか話さないのである。時間が少したつと席を替えて、話し相手を変えている人もいる。

ろう者だったら、相手がどこに座っていようとお構いなしに、手話でおしゃべりする。手で話すから、相手が遠くに座っていても見えていれば問題ない。しかし、聴者の場合は、まわりの話し声や雑音に遮られて、遠くにいる人とは大声を出さないと話せない。だから、どうしても話したいことがあれば、その人の席まで行く。(だから、よほどのことがない限り、遠くにいる人と大声を出してまで話そうとは思わないらしい。)

ほかにもまだある。新幹線のホームでの見送りも、聴者は車内に入ってしまった人と話せない。空港も、ロビーにいる人とはガラスで仕切られているために話せないし、駅の反対側のホームにいる人とも話せない。飛行機の中では、立てば、後方のシートに座っているろう者と話すことができるけれど、聴者は近くまで行かないと話せない。

ところで、新聞やテレビの取材等で決まって聞かれることに「耳が聞こえなくて不便だと思ったことは何ですか」がある。

ろう者=耳が聞こえない=音が入らずかわいそう=聞くことも話すこともできず大変=不便な生活を強いられている というようなイメージが完全にできあがっている。

何が不便になるのかは、何を基準にするかによって変わってくる。

それなのに、毎回、同じこと、例えば、「聞こえなくて大変だと思ったことは何ですか」「聞こえなくて不便だと思ったことは何ですか」と聞かれてうんざりしているろう者は、私のほかにたくさんいるに違いない。

(2005.6.6)

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2005/06/06

No.052 ■会話の運び方

手話教育で話題になるのが、聴者との会話の運び方がろう者のそれと異なるということだ。

手話学習者に「兄弟はいますか?」とたずねると、兄弟(姉妹)の構成と人数を先に答えることが多い。

A(教師):兄弟はいますか?
B(生徒):(はい)兄が2人、妹が1人います。

上記のような答え方だと、相手から兄弟構成を聞かれもしないのに自分から勝手に説明しているような印象を受けてしまう。だから、ベテランの手話教師は、手話学習者の応答を下記のように修正させる。

A(教師):兄弟はいますか?
B(生徒):はい、います
A(教師):何人ですか?
B(生徒):4人です。
A(教師):4人も!多いですね。誰ですか?
B(生徒):はい、私と兄2人、妹1人です。

お気づきだと思うが、聴者の場合、兄弟の人数をたずねられたときは自分はカウントに含めないらしい。

A:兄弟は何人いますか?
B:1人です。兄がいます。

ろう者では、自分も含めた数を答える。

A:兄弟は何人いますか?
B:2人です。兄と私です。

それはともかく、聴者の文化は「察すること」がキーワードになっている。だから、相手から何か聞かれたときは、その質問意図を理解した上で答えなければならないようだ。

学院・手話通訳学科の授業でも、下記のようなやりとりが先日あった。

私(ろう者):Sさんの説明を聞いて補足したいことある?
T(学生):ええと、Sさんの説明では…

Tさんの応答の部分で、私はTさんの発話をストップさせ、改めてろう者的な答え方に変えさせた。

私:Sさんの説明を聞いて補足したいことある?
T:あります。
私:(発話を促す非言語的サイン)
T:Sさんの説明では…

ろう者の会話では、イエス・ノー疑問文で何かを聞かれたら、必ずイエスかノーで答え、相手の反応を見てから発話を続けるかどうかを決める。もし、イエスかノーで答えられる事柄でなかったら、イエスかノーで答えられることではないということを話すのだ。

先日も「聴者からの質問は、結局、何をいいたいのかわからない」と同僚の小薗江さんがぼやいていた。

小薗江さんは夜間大学の学生をしている。発達心理学という授業でレポート発表をしたときのこと。

「ろうの赤ちゃんにも手話の発達があるのですか?」と学生から聞かれたので、「ある」と答え、次の質問を待とうとした。そしたら気まずい間があいてしまった。そして、質問をした学生はなんだか焦っているようにみえる。

小薗江さんは、ある一種の居心地の悪さを感じながらも、その学生とは面識があったので、「ろうの赤ちゃんの手話の発達について説明させてもらっていいですか」と確認をとったという。

ろう者的には、次のような運び方になるだろう。

学生A:ろうの赤ちゃんにも手話の発達があるのですか
学生B:ええ、あります
学生A:そうですか(プラスの反応)。どんな発達をするのか、ぜひ説明をしてください
学生B:わかりました。ろうの赤ちゃんの場合は…

という感じである。

聴者の場合では、下記のような感じだろうか。

学生A:ろうの赤ちゃんにも手話の発達があるのですか?
学生B:はい、ろうの赤ちゃんの場合は…

となるだろう。

小薗江さんの例で、焦っているようにみえたという学生も、「ある」とだけ答えたのを受け、「もしかしたら、自分の質問は小薗江さんは怒らせたのかもしれない」と誤解したからなのかもしれない。

つまり、イエス・ノー疑問文に対して、イエスかノーだけで答える発話行為は、聴者では、その質問に対して不快を持っているとか、答えたくない、ということにもなるらしい。まさに「察する文化」である。

私も、聴者のそうした会話のややりとりのしかた(運び方)があることは頭では理解しつつも、どうしてそんな運び方をするのか感覚的に理解できない。

私も大学院で授業やゼミに参加している。相手はもちろん聴者であるから、聴者的に答えようとして頭がショートしてしまうこともある。時にはろう者的に答えることもあり、一瞬、間が空いたりする。そんな時はお互いにフォローをしあったりと、なかなかおもしろい。

でも、手話学習者の場合は、ろう者的な会話の運び方を身につけてほしい。手話を身につけても、会話のやりとりが聴者的であったら、ろう者との間で快適なコミュニケーションがとれないだろうと思う。

ある言語を身につけることは、その言語の話し手の文化をも身につけることだから。

(2005.5.30)

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2005/05/30

No.051 ■見えるフォン

「見えるフォン」は、高速インターネット環境、専用のルータとカメラがあれば、どこでも見られるという優れものである。

各ブロードバンド業者が提供しているメッセンジャー(チャット機能がついたもので、カメラを付けた場合、ビデオチャットができる)よりずっといい。(※大手のものでは、YahooやMSNのビデオチャット)

モニターは、居間の大きなテレビでもいいし、ノートパソコンの液晶モニターでもよい。

自宅では、リビングにあるテレビにつないでいる。留守録機能も付いていて、相手が留守の場合、自分の映像を送ることも可能なのだ。

この見えるフォンを使っていくうちにおもしろい現象が…。

私の場合、帰宅時間が遅くなりがち。千葉にいる両親の就寝時間が22時過ぎだから、両親と話そうと思ったら、NHK手話ニュースの放送時間が終わった頃を見計らって見えるフォンをかける。(手話ニュースは20時45分から21時までの放送)

先日も同じようにして見えるフォンをかけたら、留守モードになっていた。

「あれ? 在宅しているハズなのに、留守? さては留守モードの解除を忘れているに違いない。」

ケータイ(メール)でそのことを知らせたが、返事がない。おかしいな~と思っていたら、22時になる少し前に両親から見えるフォンがかかってきた。見たい番組(韓流ドラマだったらしい)があったので、留守モードにしておいた、というのである。

見えるフォンは、テレビにつないであるので、番組を最後までみたい場合、留守モードにしておくというのだ。

私もそういうことがあってから、見たい番組がある場合、留守モードにしておくことにした。そうすれば、誰にも邪魔されずに見ることができるからだ。これって、私以外のろう者もやっていることらしい。

先日、珍しく早い時間に帰宅したので、買ってきた惣菜と解凍したご飯をテーブルに並べてから、両親に見えるフォンをかけてみた。

両親の家の場合、居間全体が見渡せるアングルになっているので、私からはソファに座っている両親(画面に映らないように姿を隠している弟も時々)が見えるようになっている。

私は夕食を食べながら、両親と手話でおしゃべりするのだが、何だか不思議な感覚に襲われた。つまり、千葉の家の居間とこちらの空間が一緒になってしまったような感じなのである。

別のろう者の経験になるが、友人に見えるフォンをかけたら、その友人宅では食事中で、自分も酒を飲みながら話していたら、友人宅と自分の家の空間がつながったような感覚になったという。

見えるフォンをかけている間、相手(家族)も自分(友人数人と)も夕食をとっていたという友人の話によると、テレビの画面から光がするので、不思議に思って、画面のほうに目をやったら、懐中電灯で自分の注意をひこうとしていた相手の姿があったという。

つまり、見えるフォンをかけているのに、こちら側だけでおしゃべりに夢中になっていて、テレビ画面の向こう側にいる相手のことを忘れてしまったためなのだが、画面の向こうにいる相手を自分のほうに振り向かせるのに懐中電灯を使うというアイデア、ろう者が「目の人」であるゆえんであろう。

また別の話。地方にいる友人に見えるフォンをかけ、その友人と記念写真を撮ったというろう者もいた。テレビ画面に映っている友人と自分とをタイマーでパチリ。

製品化に向けてトライアル中の「見えるフォン」。モニターが始まってからまだ3ヶ月。その間にろう者は見えるフォンを使いこなしているようだ。

(2005.5.23)

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2005/05/23

No.050 ■ろう者の通信手段

平成の時代に入ってから、ろう者をとりまく通信環境は格段に変化した。

グラハム・ベル(Alexander Graham Bell、1847年~1922年)が電話を発明したのは、1876年。ベルは、ろう児を聴者化させるために、音声の伝送を研究しているうちに電話を発明した。

いわば、電話発明は、ベルにとって副産物でしかなかったのである。

かくして、19世紀後半に発明された電話は、聴者の生活を劇的に変化させる一方、ろう者は、古典的な通信手段をそれから100年以上も続けなければならなかった。

人と会う約束をとりつけるのに手紙を送ったり、自転車で相手の家までおしかけたり…。

変化の兆しがみられるのは、昭和56年(1981年)、当時の電電公社(現在はNTT)がミニファクスなるものを発売したことだ。その3年後の昭和59年(1984年)に国がこのミニファクスを聴覚障害者の日常生活用具として指定したため、高値で入手しにかったこの通信機器がろう者の間で広まった。

ミニファクスの場合、葉書大の紙を送るのに2~3分もかかる。しかし、手紙や葉書とは違い、瞬時にして相手に自分のメッセージが届く。ろう者の生活が劇的に変化した瞬間でもあった。

当時、私は大学生になったばかりで、アルバイトで貯めたお金でミニファクスを買い、山口にいる両親に贈り、ミニファクスで交信していたことが思い出される。

ファクスの性能が向上し、G3ファクスが市場に出回り、昭和62年(1987年)のミニファクス製造中止を受け、ろう者の家庭からミニファクスは消え、G3ファクスがそれにとってかわっていった(今日では2~3万円台で買えるが、当時は20万円前後もした…)。

一方、本格的なケータイは、ミニファクス製造中止と同じ年に発売されている。とはいっても重さが900g(1キロに近い!)で、その4年後の平成3年(1991年)に重さ22