カテゴリー「北欧視察日記2006」の29件の記事
2006/10/02
2006/09/28
2006/09/26
2006/09/24
■ルンドのろう学校
いよいよ最後の訪問校、ルンドのろう学校。読み方はわかりませんが、Ostervangsskolan という名前のろう学校です。
ルンドは人口10万人ほどで、日本でいえば「つくば学園都市」。そして、西の都がロンドンなら、東の都がルンド、とも。
北欧で最大のルンド大学があり、街全体がひとつのキャンパスのようになっていて、ろう学校もルンド大学から徒歩で数分ほど。そのルンド大学言語学部のバックアップを受けて、バイリンガルろう教育が実施されているのだそうです。
街中にありながら、まるでお城のような建物。
自然に囲まれ、子ども達はのびのびと勉強しているのだろうな、と思わせるようなところでした。
ルンドのろう学校の校長先生、人工内耳には反対の立場を明確にとっておられ、お話を伺おうと思っていたのですが、あいにく会議中でお会いできませんでした。その代わり、気のいい教頭先生(ろうの方です)に案内され、各学年授業の様子を見せていただくことができました。
ここでもやはり、人工内耳をつけている子ども達が低学年になるほど多いように感じられました。そして、人工内耳をつけていない子どもより多少元気がないように思えてなりませんでした。
2006/09/23
■まともなホテル… ルンド
北欧視察旅行もそろそろ終盤にというときになってやっとまともなホテルに泊まることができました。
デンマークのコペンハーゲンに滞在中はまるで寝台列車のような狭い部屋だったし(それも3泊!)、シャワーも天井に固定されたもので使いにくくて「快適」とはいえなかったし。
オスロ行きの船中泊は別にして、ストックホルムのホテルは郊外にあったし…。アメニティはけっこうよかったけど、バスタブがなかったのが難点。
ストックホルムから電車で揺られること約4時間半、デンマーク国境に近いルンドという街で泊まったホテルが一番まともでした。というわけで、思わず、写真をパチリ。
リビングと寝室が別になっている~♪
独立したシャワー室にバスタブ付きのお風呂。
シャワーだけでも大丈夫なのだけれども、やはりあると気分的にも違うバスタブ付きのお風呂。
気になる部屋代は、たぶんツイン(2人)で約4万円弱かな…。ともあれ、北欧へ旅行にいくのなら、ツアーで行ったほうがお得のようです。
2006/09/22
2006/09/21
■ピッピちゃん
私は実は恥ずかしながら知らなかったのですが、ボリボリちゃんが「これが有名なピッピだよね」といって手にしたのは下の人形。
スウェーデンのお土産屋さんで必ず見かけるピッピちゃんって何だ?と調べてみました。
スウェーデン出身の児童文学作家アストリッド・リンドグレーンさんという女性の手になる「長くつ下のピッピ」シリーズが出ていて、世界中の子ども達に絶大の人気を集めていることが判明。恥ずかしながら私はそのシリーズは読んだことがありません。(今度、読んでみようっと)
ピッピちゃんというのは、世界一強いおてんば娘という設定になっているようですね。日本ではミュージカルもあるようです。
また、DVDも出ているようです。日本語の吹き替え版になっているとか。児童文学のノーベル賞ともいわれる「アストリッド・リンドグレーン記念文学賞」もあるみたいで、世界的に有名な作家、ということがほんとよくわかります。
マニラろう学校にも顔を出されたことがあるそうで、マニラろう学校の図書館にそのときの写真が飾られていました。
マニラろう学校の図書館で。ろう児と一緒に写真に写っている彼女がピッピちゃんの生みの親、アストリッド・リンドグレーンさんです。その写真を見つけたときのボリボリちゃんの興奮の理由がやっとわかりました…。
アストリッド・リンドグレーンの公式サイトはこちら(たぶん、スウェーデン語)。
2006/09/19
■ストックホルムの街並み
スウェーデンの首都、ストックホルムは、大小あわせて14の島からなるそうだ(知らなかった…)。だから、ストックホルムは「水に囲まれた美しい近代都市」ともいえるのかもしれない。
上の写真からもわかるように街のあちこちに橋がかかっているのがわかると思う。
上の写真は、ストックホルム中央駅の近くにあるメインストリート。メインストリートを5分ほどで抜けると、水の都、ストックホルムにふさわしい優雅で気品のある建物が次々と姿を現してくれる。(市庁舎、王宮、大聖堂、国会議事堂等…)
かと思うと、小さな通りもあり、不思議な空間を感じさせる。
スウェーデンにもいました。トロル(妖精)です。
トロルだけに会いに行く旅も悪くないな~と思ったり。
2006/09/18
■アダム・ブックスの兄弟版
写真の女性は、私達を案内してくださったろうの先生、Kerstin Olson先生。Olson先生が手にしているのは、アダム・ブックスのお兄さんあるいはお姉さん版のテキストの、先生用のマニュアル本です。
ろうの中高生を対象にしたもので、使い方などを説明してくださいました。
ビデオも見せてもらったのだけれども、恋愛ものを扱っていました。(私の心のサケビ 「えっ、中学生でもう恋愛モノ?)
よく考えてみれば、北欧は子ども達に対する性教育がきちんと行なわれているところ。そういう国だからこそできることですね…。
ちなみにビデオに出てくる手話話者は、もちろんろうの青少年達。大人でなく青少年というところに感情移入しやすいのかもしれません。そのビデオを見ながら、テキストを読みこなしていくというのでしょうか。もちろんテキストの文も学年相当のものになっているとのことです。
2006/09/17
■マニラろう学校のゴハン
マニラろう学校の卒業生は、みな口をそろえて「うちのろう学校の食堂のゴハンはおいしい」というのだそうだ。ボリボリちゃんも、ギャロ大に滞在中、スウェーデンのマニラろう学校出身の留学生から「お国自慢」ならぬ「ろう学校自慢」で「うちの食堂のゴハンはおいしい」と何度も聞かされたそうだ。
日本でいえば、さしづめ「給食室」だろうけれども、雰囲気からみると「給食室」は似つかわしい。「家庭的なレストラン」という形容がぴったりするようなところです。
ボリボリちゃんにとってマニラろう学校で給食を食べるのは実は2度目らしい。今日のメニューは何かしら、ととても楽しみにしている様子が傍目からもよくわかります。
私達が訪問した日のメニューは…チキンにトマトソースをかけたものでした。シンプルですが、学校の給食とは思えないほど…です。
私のろう学校時代では、アルミ容器にコッペパンでしたからね~。給食はおいしいという記憶は残念ながらありません…。むしろ、きらいなレーズンパンを無理やり食わされた記憶のほうが…。
2006/09/14
■スウェーデン政府法採択25周年
マニラろう学校の構内のいたるところに下記のようなポスターがはられてありました。
何だろう、と思ってマニラろう学校の先生に聞いてみると…スウェーデンにおけるバイリンガルろう教育の推進力にもなったという「スウェーデン政府法」が採択されてから25年を記念してのものだそうだ。(リトバさんが5月スウェーデンを訪れたのもこの記念行事にでかけていたから、という話をあとで思い出すことになるのだけれども…)
※スウェーデン政府法(1981年採択)
政府のインテグレーション委員会は、重度のろうの子どもは子ども同士間と社会内で機能するためにバイリンガルでなければならないと指摘する。委員会によると、ろう児のバイリンガリズムとは、視覚・身振りによる手話と、ろう児をとりまく社会の言語すなわちスウェーデン語を身につけなければならないということである。(「日本聴力障害新聞」から引用)
子どもたちの手によるウッドツリーも。
うらやましい…ですね。
2006/09/09
■オスロの街並み
帰国してから、オスロに滞在していたのはどのくらいだったかな…と数えてみたら…なんとたったの8時間ということが判明…。
コペンハーゲン(デンマーク)から船でノルウェーのオスロに着き、その日の夜、飛行機でスウェーデンのストックホルムに飛んだのですから…。
でも、オスロはなぜか印象に残っています。
ノルウェーろうあ連盟事務所からオスロ中央駅に徒歩で移動する途中の、メインストリートです。
ノルウェーは日本と同じくらいの面積で人口は約470万人。人口密度が低くて、8月末だというのにジャケットを着ている人も…。
秋の花? 広場のようなところで花のマーケットがありました。
北欧の妖精、トロルが街のあちこちにありました。バイキング(海賊)姿をしているトロルをパチリ。
トロルの姿かたちは決まっていないみたいですね。ハリー・ポッターの映画にもトロルは登場しているみたいです。
2006/09/08
■ノルウェーろう連盟事務所
オスロのろう学校からタクシーでオスロの中心街に移動し、少し歩いてノルウェーろう連盟の事務所へ。案内人は、連盟職員のポールさんという男性。
テナントが入っているビルの3階。プレートの赤いところがカッコイイ(?)ですね。事務所はこじんまりしていました。
左側の女性は連盟長です。デフチックな顔をされています。(デフチックは私の造語です…) 右側の男性はオスロ滞在中に私たちをお世話してくださった職員のポールさん。元コーダだそうです。高校生くらいのときに失聴されましたが、ろうの親から生まれ育ったので手話はネイティブと同じくらいに話せますが、バイリンガルろう教育は残念ながら受けたことがないとのこと。おふたりとも素敵な方でした。
下の写真は歴代の連盟長の写真です。ミーティング室にさりげなく飾られているところがいいですね。
下の女性は、デフチックな顔をされていますが、実は聴者です。私はこの人の大ファンになってしまいました。デンマークろう連盟事務所もそうですが、入り口に一番近い部屋もしくはオープンフロアが受付になっていて、来客対応、接待、電話取次ぎなどをする専属の職員が配置されています。下のおばちゃまがそうです。おばちゃまの後ろには、ビル入り口の監視カメラのモニターあるのがわかります。セキュリティ管理もしているのです。もちろん、手話はシムコムでなくノルウェー手話で、です。
2006/09/06
■オスロのろう学校
北欧=デンマーク、スウェーデンの情報ばかり入り、ノルウェーは…なかなか情報としては入ってきません。
バーグマンさんの計らいでノルウェーろう連盟の協力を得て、オスロにあるろう学校(Skadalen School of the Deaf)をたずねました。ここでもアダムス・ブックは使われているとのことです。
そこは、自然に囲まれた学校という印象でした。10年生クラスに案内され、生徒さんとディスカッションする機会を得ました。人工内耳をつけている子もいましたが、手話でいろいろと質問してきます。(でも、正直にいって、人工内耳をつけている子はおしなべておとなしそうにみえました。詳細は後述します。)
先生は聴の先生で、ノルウェー手話で、です。(でも、堪能そうにはみえませんでしたが、シムコムでないのは確かです。)
闖入者(私たちのこと)のため、クラスは、ノルウェー手話、日本手話、国際手話もどき(?)、英語が飛びかいました。英語は、生徒さんの発言を先生が通訳したときに出てきたもので、岡さんがそれを日本手話に通訳してくれました。(シムコムはありませんでした)
昼食後に、アダム・ブックスについての時間をということで、私たちはランチをとりに敷地内の食堂へ。
食堂に行くためには坂道をのぼっていく必要があります…。食堂のおばちゃんも手話ができるのは当然…です。この食堂は先生、生徒、ゲストも使えるみたいです。ゲストはもちろん代金を支払うことになりますが。
アダム・ブックスについて先生から話を聞きました。英語で話し、それを岡さんが通訳してくれました。ノルウェーでもアダム・ブックスの効果は大きいとのことです。子どもたちはアダム・ブックスが大好きなのです。(詳細はここではふれないことにします。あらためて正式に報告書を出す予定です)
上の写真は…子どもの送迎用のタクシーがずらりと並んでいるところです。私たちが帰るときにもタクシーの配車を依頼したのですが、偶然、かちあったわけです。スクールバスならぬスクールタクシー?といったところでしょうか。
北欧では、日本の消費税にあたる税金の割合が25%ですが、その半数が福祉、教育分野で使われ、タクシー費用も税金から賄われています。(その代わり、以前あった寄宿舎は廃止されたとのことです)
ろう学校の数が少なくても、場所が遠くても、タクシーでの送迎が保障されているのなら、子どもを安心してろう学校に通わせることができるのですね・・・。
日本ではとうてい実現できそうにない教育政策だと思いました…。
2006/09/05
■豪華客船でオスロへ
約4日間のコペンハーゲンでの滞在を終え、午後、デンマークろうあ連盟の職員さんの案内で港まで送ってくれました。
船で一泊、翌朝にはノルウェーの首都、オスロに到着という船旅です。
前にも書きましたが、北欧は物価が高く、ホテルも目が飛び出るくらいに高いです。シャワーは天井に固定され、バスタブもなく、ベッドは壁に造り付けというような狭いツインの部屋でも1人あたり1万円以上もします。(今回は上記条件で宿泊、580クローネ)
北欧の人びとは、働いている間は高い税金を払うのは当然、その代わり、リタイア後は年金で悠々とした生活を送るという考えを持っていて、コペンハーゲン~オスロをつなぐ豪華客船もそうした年金族のお楽しみのひとつだとか。
私達が乗り込んだのは、インサイド(窓ナシ)の4人部屋で木曜に出航でしたから100ユーロ(約15,000円)。
どちらも夕方5時に出航、翌朝9時に目的地に到着、約8時間のスティができ、ショッピング等、思い思いの時間を過ごすのだそうです。
だから、私達が乗り込むときも周囲はそうした年の召された方がとても多かったのでした。移動時間とお金を考えると船で行くのが一番、ということになるのでしょう。
ちなみに、船体の大きさですが、長さ178.4メートル、幅33.8メートル、エンジンパワーは23.760キロノット、乗客数2,090人。ほんとうに大きい!です。
午後3時過ぎにはチェックインできるのですが、すでにプールに入っているご婦人がいました…。
スカイバーのあるところまで行ってみました。11デッキにありました。本当に映画の「タイタニック」みたいな、大きな客船です。
5時出航のときに汽笛がなりましたが、これが耳をつんざく位に大きかったらしく、私とボリボリちゃんもびっくりしてしまいましたが、かわいそうだったのは聴者の2人。耳を手で押えていました。
船内にはいくつかのレストランがありますが、バーグマンさんお勧めはビッフェ形式(北欧が発祥の地)の7seasというお店。1人209クローネ(約4,180円)。
海鮮類が多く(当然といえば当然だよね)、海老の大好きな私はもう嬉しくてならないのですが、問題なのは種類が多すぎること。全部制覇するのは難しそうなのですが、それでも…と少量ずつと皿にとりました。デザートも 20種類以上はあり、これもまた少量ずつで全部制覇しました!
船内でショッピングを楽しんだ後、キャビンに戻ったのは午後9時半過ぎ。私はあっけなく爆睡、翌朝オスロに着くまで起きませんでした。(だって全然揺れがなかったのですから)
翌朝、ノルウェーのフィヨルドを1時間ばかりぼ~っとデッキから眺めていました。眺めているうちに美しい風景にまぶたが下におりていき…
午前9時半にはオスロの地に立っていました。オスロの港から私達が乗っていた客船をパチリ。M..s. Peace of Scandinavia号というようです。
2006/09/04
■アダム・ブックス(デンマーク)
スウェーデンで最初に作られたアダム・ブックスは、デンマーク、ノルウェー等でも使われている。
デンマーク語版を手がけたのはウェンディ先生。
子どもが読むテキスト版だけでなく、教師のための手引書も作ってあるところがすばらしい。
上の冊子が子どもの読むテキスト版。下のファイルが手引書。ファイルになっていて、改訂のたびに差し替えが容易にできるようになっているという。
元ろう学校の先生で現在は大学院生というアダム・ブックスを教材に指導したことのある人に来ていただき、アダム・ブックスの実際の使い方や利点、問題点などを話してくださった。
例えば…同じ北欧でも、パトカーの色は各国で異なるから、挿絵もその国のに変えたり…というのも、子どものテキストへの一体感を引き出すためにはこうした些細なことにも気をくばる必要があるのだと痛感。
日本側のいろいろな質問にも鷹揚に答えてくださいました。
リトバさんは国際手話やアメリカ手話ができないこの先生のために通訳を買ってくださいました。感謝!です。
2006/09/02
■コペンでディナー
北欧は物価が高い、と聞いていましたが、本当に高い!です。日本だったら180円くらいで買えるホットドッグがデンマークでは約400円(20ユーロ)。
ぼりぼりちゃんの話では、ランチでも1,000円は軽く超えるし、ディナーに至っては3,000円は覚悟しないとね…と言っていたのですが、だからこそ(あるいは「「それもあって」?)、北欧の人々は家庭での食事を大事にしているようです。
チボリ公園の隣にあるレストランで夕食。
私は生ビール(中)、他の3人はコーヒー、紅茶。それに4品で、その日の夜の食事代は1人あたり…約2,500円。
でも、アメリカと違って、口にいれるもの全て美味しかったからヨシとします。
2006/09/01
■バイリンガルろう教育を受けた人たち
コペンハーゲン滞在中に、3人への突撃インタビューに成功!!(映像もしっかり収録し、報告書の形で発行の予定)
3人というのは、デンマークのバイリンガルろう教育を受けた人たち。26歳女性、30歳男性、32歳男性で、初対面の印象は「堂々とした、自分のポリシーをしっかり持ったろう者」。
坊主頭の男性はアレックスさん。デンマークろう青年連盟の職員。(青年部でなく、ろう青年連盟として独立している。国家予算確保のため。)バイリンガルプロジェクトが正式に発足する以前からデンマーク手話で教育を受けていた。デンマーク手話、デンマーク語のほかに英語、スウェーデン手話、スウェーデン語等ができる。
右側の男性はカスパーさん。バーグマン夫妻の子息で、当時のバイリンガルプロジェクトの1人。バイリンガルろう教育のおかげで世界が広がったと断言。彼も、デンマーク手話、デンマーク語、スウェーデン手話、アメリカ手話(少し)、英語、ドイツ語(少し)、ノルウェー語(読むだけなら)、スウェーデン語(読むだけなら)ができるという…。
サマーさん。26歳で大学院生。1年ほどブリストル大学に留学したことがあり、英語はもちろんことイギリス手話もできるという。手話は、ノルウェー手話、スウェーデン手話、アメリカ手話(少し)。あと、ドイツ語、ノルウェー語、スウェーデン語を読むほうは全然問題がないそうです…。「両親の手話は間違った、劣ったものだと思っていたの」と幼い時のことを彼女に話すと、「なぜ?」と不思議そうにしていました。認識のギャップの差に驚き、うらやましくも思いました。彼女の同期の子は全員で10人いますが、うち9人は大学を出ているそうです。(デンマークでは聴者でも大卒の人は少ないため、90%という数字はある意味、驚異的だそうです)
ちなみに、カスパーさん以外の2人は聴の両親、兄弟に囲まれているそうですが、両親やファミリーへの手話教育制度が充実しているため、家庭内でも手話でコミュニケーションが問題なく行われているそうです。
■ミニだ!
私の愛車はMINI。だから、街中でMINIに遭遇するとうれしくなってしまいます。私のMINIは4年前に購入したもので当時はバリエーションも少なかったけれど、現在ではオープンカータイプのも出ているのですね…。
さて、向こうで滞在している間にもMINIは何台かみかけました。あちらは色もカラフルなのが多くてやっぱり…という印象です。
コペンハーゲン(デンマーク)でみかけたMINI。デザインがかっこいいので思わず写真に。日本だったら乗り回せないようなデザインのものだけど、デンマークの古い街並みにはぴったり…。
これはオスロ(ノルウェー)でみかけた赤いMINI。日本の赤のMINIもこんな色していたっけ?と思うくらいにきれいな赤でした。
2006/08/30
■ウェンディ・ルイス先生をたずねて
ウェンディ・ルイス先生をたずねて、デンマークでは有名なKC(トータルコミュニケーションセンター:注:日本のトータルコミュニケーションとは概念が異なるので要注意)の隣にあるろう学校(カステルスベイろう学校)をたずねました。
事前学習として、ろう難聴教育研究会が発行した何冊かの冊子を読んで、です。
ウェンディ・ルイス(Wendy Lewis)先生は1997年に来日されたことがあり(そのときは会えなかった)、デンマークのバイリンガルろう教育プロジェクトの立役者の1人です。
デンマーク手話・デンマーク語の両方の習得をめざしたアダム・ブックスは日本でも知られていますが、どのように活用しているのかを知りたくて、ウェンディ先生のところへ。
行ってみると、VHSテープでなく、すでにPCに取り込んだ状態で、さまざまなパターンでデンマーク手話から、あるいはデンマーク語からアプローチできるシステムを確立しているとのこと…。ただただ唖然するだけでした。(私の頭には、通訳養成にも使えるな~と別のことを考えたり・・・)。
※PC画面をスクリーンに映し出したもの。いろいろな角度からアプローチ可能。
ウェンディ先生は、聴者ですが、シムコムはバイリンガル教育に不向き、とはっきり明言されていました。これは私たちが行く先々でも同じことを言われていました。手話と音声言語はまったく異なるもので、それらの混成物であるシムコムは子どもたちに無用の混乱を招くだけという認識が前提条件となっていました。(ああ、うらやましい)
上の写真は聴者同士で(英語)話しているところです。デンマーク人(聴者)は、デンマーク語のほかに英語ができるのがあたりまえだそうです。
下の写真はろう学校の全景(とはいってもどこから学校なのか多少不明…)。子どもたちも登校していましたが、人権意識の進んでいる国で(だからという?)子どもの写真は撮っていません。
2006/08/28
■デンマークろうあ連盟事務所訪問
デンマークろうあ連盟事務所は、コペンハーゲンのメインストリートに隣接していて、国会議事場もすぐそば。
入り口にあった連盟事務所のプレート(上のほうです)。金色でも渋い金です。
アスゲー連盟長の部屋から写真をとったもの。中世時代の映画ロケに使われるそうで、有名なストリートのひとつのようです。
スカンジナビアろうあ連盟(1907年創立、来年は100周年のイベントがあるそうです)というのもあるようで、最近はアイスランドも加わり、5カ国になったとのこと。写真では、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの4カ国の国旗がみえます。ろう者同士の交流も盛んのようです。(往来にパスポートは不要…)
事務所はロ型の造りになっていて、部屋はざっと数えただけでも9つありました。かつて3年ほどアルバイトしたことのある(財)全日本ろうあ連盟事務所とは大違い…です。とはいっても、職員数は少なく、それでも無駄なくきっちりと仕事をしている印象でした。
下の写真は、事務所のテラス。晴れたときに外でランチをとるためや気分転換のためのスペースだそうです。
ちなみに、デンマークの人口は約590万人。日本の1億3千万人とは桁が違いますが…。
今回の私達のために事務所が用意してくださったランチ。写真では見えませんが、サーモンが入っていて美味しいです。これだけでも十分におなかがいっぱいになりました(念のためですが、私が食べたのはそのうちの1個だけですよ)。
2006/08/27
■帰国の報告…
27日(日)の朝、成田空港に無事に到着。
むこうでの滞在レポート、機会があれば、ブログにアップしようと思いつつも、コペンハーゲンのホテルでのネット接続がロビーでしかできなかったり、ホテルの自室に戻るともうバタンキューだったりして、結局、初日の分だけしかブログにアップできませんでした。
というわけで、これから数回にわけてブログにて報告したいと思います。とはいっても、ほとんどが(全通研・夏の愛媛集会シリーズと同じく)番外編ということで…。
正式な報告については、何らかの形で出したいと思いますので、それについてはまた後日、ブログにてインフォメーションを出したいと思います。
さて、今回の渡欧ですが、大体、下記のようなスケジュールでした。
8/19(土) コペンハーゲン空港(デンマーク)到着(午後4時頃)。
8/20(日) リトバさんの案内で市内観光、アスゲーさんの手料理を楽しむ。
8/21(月) KCの隣にあるろう学校でアダムスブックに関する話を聞く・デンマークろうあ連盟事務所訪問。
8/22(火) アダムスブックを実際に利用している先生からの話を聞く(ろうあ連盟事務所で)・豪華客船?でノルウェーのオスロに移動。
8/23(水) オスロにあるろう学校を見学、アダムスブックを利用している先生から話を聞く・ノルウェーろう協会事務所訪問・飛行機でオスロからストックホルム(スウェーデン)に移動。
8/24(木) バイリンガルろう教育先進校として知られているマニラろう学校を訪問(濃い時間を過ごしました)・特急でストックホルムからデンマーク国境に近いルンドへ4時間半かけて移動。
8/25(金) ルンドにある聾学校を訪問、バイリンガル教育について話を聞く。特急で2000年7月にできたばかりというスウェーデン・デンマークの両国をつなぐ橋を渡り、コペンハーゲンに約1時間弱で到着。
8/26(土) ショッピングを楽しんだ後、日本にむけて離陸(午後3時45分)・翌日27日(日)午前、成田空港に到着。
行きは夕方に到着することになっているので、機内ではひたすら起きているように務め(シャンハイという麻雀牌を使ったゲームにはまってしまいました)、帰りは朝到着なので、ひたすら寝ているように務めました(結局、8時間も爆睡していたみたいです)。
今回は、すべてアスゲー・バーグマンさんがアレンジしてくださいました。アスゲーさんの力添えもあったのでしょう、訪問する先々で大歓迎を受け、熱心に案内してくださったり説明してくださいました。また私達の質問にもていねいに答えてくださり、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。改めてアスゲーさん、リトバさんご夫妻にお礼申し上げます。
2006/08/21
■バーグマンさん宅にてディナー
デンマークろう連盟理事長さん宅のデイナーにお呼ばれ…こんなに光栄なことはないと思ったのは私だけではなさそう。
バーグマン夫妻のお住い。1890年代の建築物だそう。20年以上住んでいるのだそうです。素敵な家でした。
手前のバイク(自転車のことをバイクといっているみたいです)はリトバさんの通勤用です。コペンハーゲンは自転車専用の道路が整備されています。
バーグマン夫妻宅でのディナー。インテリアの雑誌に出てくるみたいな、素敵な食卓でした。テーブルクロスやマットは盲ろう者が作ったものだそうです。料理は、リトバさんが私達を案内している間にアスゲーさんが作ったもの…。料理の腕前もすごいです。
「いう、デンマーク料理」(手話で)です。オーブンで焼いた熱々のものをいただきました。あっさりしていてジューシーでおいしかったです。
デザートはリトバさんの手で。アイスにかかっているイチゴのソースはリトバさんが作ったものだそうです。
白ワインを片手にシアワセ気分、少し酔っ払ってしまいました。リトバさん、アスゲーさんありがとう!!
2006/08/20
■コペンハーゲン・チボリ公園
19日、スカンジナビア航空で一路、デンマークはコペンハーゲンへ。
実はデンマークへは2度目となる。1993年のことだから、実に13年ぶりの訪問。私にとってデンマークはある意味、私の人生を決定づけたところ。
さて、空港には、バーグマンご夫妻(アスゲーさん、リトバさん)がお迎え、ホテルまで案内してくださった。
※空港からホテルに移動するときの電車の中で。アスゲーさんはデンマークろうあ連盟の理事長(WFD理事も歴任されたことがある)、リトバさんはKCの手話通訳養成プログラムを担当している。
私達が泊まったホテルから徒歩15分くらいのところにチボリ公園があるという。前回の訪問でチボリ公園にいった記憶がない私、時差ボケ解消を狙って、今回の渡欧4人組でチボリ公園へ。
開放感があって広々とした園内。すべてをみせるのができなくて残念。
岡山のチボリ公園とは全然雰囲気も違うし、広くて自然と調和していて楽しげで、うろつく?だけでも十分楽しめました。
そして、レストランで、初日早々チボリにいくなんて、渡欧最初の目的を忘れてはいけないよね…とポツリ。
そう、私達の渡欧目的は、バイリンガルろう教育システムが確立している国での、ろう児への第二言語教育に関する教材について調査すること。
とにかく実り多き1週間になることを祈って。
デンマークからでした。
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