カテゴリー「アメリカ訪問記2005」の14件の記事

2005/12/01

■ボイコット騒動

私が一番驚いたのは、参加者のボイコット。

大会最終日の、これまた最後のD分科会で起きたボイコット騒動。

"Talking with Your Hands, Listening with Your Eyes"(手で話し、目で聞く)というテーマで発表者は聴者のGabriel Grayson(ガブリエル・グレイソン)さん。

実は私はそのボイコット騒動はみていなくてC分科会のほうに出ていた。

ボイコット騒動をしっかり見届けたのはボリボリさん。

ボリボリさんの話では、小薗江さんとふたりでくだんの分科会に出ていて、小薗江さんは発表が始まってから5分もしないうちに別の分科会に変更してしまったそうだ。というのも、グレイソンさんはASLでなく、声付き(もちろん英語)の手話(いわゆるシムコム)で話し出したため。

以下はボリボリさんやアメリカろう者の話を総合したもの。

参加者はこの時30人ほど。小薗江さんが部屋を出てしばらくした後、前方の席に座っていたASLTAの理事がすっくと立ち上がり、グレイソンさんにストップをかけた。

「声を出すのを止めて、手話だけで話してください」

しかし、グレイソンさんは「ノー」と答え、発表を続けたそうだ。そして、その後の再三の「ろう者の言語であるASLで話してほしい」「ASLTAの大会でASLで話さないのはおかしい」という参加者の指摘を無視し続けたため、発表が始まってから約30分後には聴者を含めた参加者全員が部屋を出てしまったということだ。

このボイコット騒動を聞いたときの最初の感想は「日本じゃ、とても真似できないことだな~…」だった。

日本では、声付きの手話で話していて、ろう者にボイコットされるという話を聞いたことはない。

日本のろう者は忍耐強いのだ。しかし、その強さが無理解を助長することになる…というのは言いすぎだろうか。

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2005/11/26

■ASLTAの理事達との交流

ASLTAの代表はLeslie C.Greer(レスリー)さん。

数度の来日経験のあるレスリーさんは私たちのASLTA参加を特に歓迎してくださって、レスリーさんの部屋でASLTA理事の皆さんと交流の機会をもつことができました。

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向かって左はEllaさん。理事ではないのだけど、VIP扱いで交流会に招待されていました。

Ellaさんの隣の男性は、レセプションで「ASLTAの歴史」を担当したMel Carter(メル・カーター)さん。

黄色い服を着ている人は"Deaf Life"のMatthew S.Moore(マシュー・ムーア)さんで、今回の大会の実行委員長。

ムーアさんは、"FOR HEARING PEOPLE ONLY"(「聴者のための本:仮題」)という本の著者で、かなり過激な内容であるらしく、第3改訂版が出版されたばかりだそう。私たち日本人一行にも一冊ずつサイン入りで贈呈されました。

(この本の邦訳と日本での出版をムーアさんに要請され、翻訳のなり手と出版を引き受けてくれる会社を捜しているところです。)

ムーアさんの隣の女性は、ASLTAの事務局を担当しているJudie Cronlund(ジュディ・コロナンド)さん。彼女のサインネームは鼻のところでJCとやりますが、ホームパーティで手作りの寿司を日本人ろう者数人に出したところ日本以上にうまいとほめられたことがあるというエピソードを聞いた私たちは彼女のことを"寿司+女"と命名してしまいました。ジュディさんはこの日本製サインネームにご満悦の様子。

結局、午前1時過ぎまでレスリーさんの部屋でおしゃべり。

レスリーさんの部屋は、私たちの泊まった部屋よりすごく広くて(リビングルームが20畳くらい、寝室は16畳くらいはあったのでは? ベッドはキングサイズでした…さすがアメリカですね)快適でした。

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2005/11/23

■ASLTA大会(3)

Teacher's Responsibilities: WHAT ???
講師として(~講師の責任~):何?
Barbara Ray Holcomb,Leslie C. Greer, and Harumi Kimura

大会3日目の朝一番に予定されている発表に私の名前が入っている…。

いったい私は何をするのだろうかと心配になってレスリーさんにメールで聞くと、「心配することはない。ラスベガスに着いたら打ち合わせしよう」とだけ。

大会2日目の夜、レスリーさんの部屋で、共同発表者でひとりバーバラさんと3人で打ち合わせ。

まず30分程度の日本手話の模擬授業をし、その授業を通じて、講師の責任とは何かについて参加者と共に考えてみるというのが今回の主旨らしい。

つまり、私に振られた役割は、ASL話者でASL教師である参加者に、日本手話(JSL)の授業を受けさせ、学習者の心理について考えさせるきっかけを与えることにあるらしい。

実は、手話入門を久しく担当していないので、勘をとりもどすために、翌朝、頭の中でイメージトレーニング。

舞台には受講生役を名乗り出た5人(女性4人・男性1人)。

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2005/11/22

■記念品

ASLTA大会での記念品は…

・開催地がラスベガスだからなのか、赤や緑でできた少し大きめのサイコロや大会スポンサーのマークが入ったコイン、トランプ。

・ASLTA大会のロゴが入ったTシャツ。日本だったら男性サイズのMかLがスタンダードになると思うが、アメリカは…なんと男性のXLサイズがスタンダード。私の肩幅の2倍はありそうなTシャツを手にして絶句。

・ASLTA大会のロゴマークが入ったリュックサック。

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リュックサック

・これもまた大会のロゴマークが入ったメモバインダー。

登録費が425ドルしただけに記念品も豪華…でした。

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2005/11/21

■レセプション

ASLTA大会1日目の夜はレセプション。

ホテルの部屋のカードキーのトラブルで部屋の移動を余儀なくさせられたあと、レセプションには遅れて参加。すると私の席は、中央に設営された舞台のど真ん前。

名話し手として知られているらしいアメリカろう男性がASLTA30周年を記念して、アメリカにおける手話の言語権をめぐる歴史的エピソードを披露、最後に「ASLこそが我らの大事な守り抜くべき言語」!としめくくった。

その後は授与式。

各分野における功労者に賞が贈られることになった。

終わりのほうになって、パンフレットの授与リストに入っていなかったEllaさんの名前が読み上げられたとき、手をあげてヒラヒラさせるろう者の拍手でなく、白いナプキンを上にかざし大きく振って、Ellaさんに大きな拍手を送る様子にはほんとうに驚かされた。(中には起立して白いナプキンをずっと降り続ける人もいた)

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Ellaさんにナプキンを振る参加者の皆さん

ella-award3
賞状に書かれた英語をASLで読み上げるEllaさん

アメリカでも大物のEllaさんに直接手話を教えてもらった日本人メンバーはホントに幸せ者だな~としみじみと実感。

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2005/11/19

■ASLTA大会(2)

実は日本からの発表が1件。
小薗江さんと私の連名で"Japanese Sign Language; Teaching and Learning It in Japan"というテーマで。

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そして、私と小薗江さんはJSL(日本手話)で話し、それをボリボリさんにASLに通訳してもらおうと渡米前に小薗江さんと相談していた。

ボリボリさんは、ASLからJSLならなんとかできるけど、その逆は無理だよ~と頑なに固辞。

結局、私がつたないASLで発表、小薗江さん担当分だけ、ボリボリさんがやむなくASL通訳に入る…ということになった。

しかし、大会当日になって、周囲の滑らかなASLをみて(当たり前だよね、ASLを母語とする人たちの集まりなのだから)小心者の(?)私は、「ASLで発表するのやめた、ボリボリ、頼む!」とすっかりボリボリ頼み。

そこへ、ASLTAの代表のレスリーさんのお出まし。

レスリーさんは、私たちのために初めから通訳を買って出るつもりでいたらしい。

ASLTAの代表をしているのだから、大会の間は猛烈に忙しいのだろうと遠慮していた私は、レスリーさんのこのありがたい言葉に飛びつき、レスリーさんに通訳をしていただくことになった(下の写真)。

手前の女性はレスリーさんのフォローに入ったボリボリさん。

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しかし、レスリーさんも長時間の通訳で頭がショートし、途中でEllaさんと交代。

Ellaさんが通訳に立ったときの、フロアのどよめきはすごかった(下の写真)。
(Ellaさんってチョー有名人なんだな~としみじみと実感)

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後半、小薗江さんとバトンタッチ。
しかし、持ち時間を大幅にオーバーし、後半の大事な部分を飛ばしてしまうことになり、消化不良状態に…。

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幸いなことに私たちの発表は3日目にも(同内容のものが)予定されていて、発表内容の見直しをする等、小薗江さんやレスリーさんとリベンジを誓ったのだ。

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2005/11/16

■ASLTA大会 (1)

ラスベガスで開かれるASLTAの大会に参加するため、私たち一行は早起きしてサンフランシスコ空港へ。
約1時間半ほど南下してラスベガスに到着。
砂漠の中の町なので昼夜の温度差が激しいところ。

今年はASLTAができてから30年。
これを記念して大がかりな大会に。

ASLTAの代表は、親日派としても知られるレスリー(Leslie)さん。
(これまでに何度か来日したことがある)

実行委員長は、ロチェスターで"Deaf Life"の編集人をしているマシュー・ムーアさん。

大会発表一覧については、日本手話教育研究会(JSLTA)に詳しく掲載されているので、こちらのほうをみていただきたい。

ASLTA

上の写真は、ASLのプロソディの指導について発表をするEileen Forestalさん。

この大会ではASL-Englishの通訳は用意されていない。
それは当然のこと、ASLを指導する人たちのための大会であるのだから、通訳は不要。

発表者の中には、CIT(Conference of Interpreter Trainers:手話通訳養成協会) の代表をしているMelissa Smithさん、Annette Minerさんがいて、聴者だが、しっかりASLで発表。(そのあたりが声付きを強いられる日本と違うところなんだよね・・・)。

そして、「ろう文化」ムーブメントを推し進めた人物として知られるMJさんも今大会で発表することを渡米前に知り、MJさんとの再会も、今回の旅行のひそかな楽しみにとっておいたのだが、残念なことにMJさんの家族が重病のため発表がキャンセルになってしまった。

そのことが大会のオープニングで実行委員会からアナウンスされたのだが、その瞬間、客席にはどよめきが起きた。やはり、大会に参加していた人たちのほとんどがMJさんの話を聞きたかったに違いない…。

さて、私が一番驚いたのは…参加者のボイコット。
このボイコットについては、また今度。

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2005/11/15

■サンフランシスコ

11月5日(土) 

時間ができたのでサンフランシスコに観光へ出かける。
ヘイワード駅まで車で送ってもらって、そこからはBARTで移動。

サンフランシスコは、港町で坂が多い。
そして美しい街のひとつだと思う。

囚われの島、脱獄不可能といわれた島、アルカトラズ島もサンフランシスコにある。
アルカトラズを題材にした映画も多く、学院でも通訳教材として使っている(地獄のレストラン)。

船に乗ってアルカトラズへ!と思っていたのだが、既に時間も遅く、断念。

アルカトラズ島の見えるところまで歩いていくこと40分。
そしたら見えてきました。

island
海にぽっかりと浮かぶアルカトラズ島

しばらく歩いていくと、ゴールデンゲートブリッジもみえてきました。
視線を転じると…無数のアシカがいるのではありませんか!
なぜ、ここに?

azarashi
アシカの大群

夕食は、フィッシャーマンズワーフ周辺でとることに。
DSC00074

シーフードレストランが多く立ち並び、どこにしようかと迷うが、イヤでも目に付くのは、ショーウインドーのエビをふんだんに使ったサンド類。
ebi-sand

ランチタイムだったらレストランにせず、エビがたっぷり入ったサンドを買って、ワーフをうろつきながらパクつくのにな~と思ったのは私だけ?

そう、私はエビがダイスキなのです。

もちろん、レストランでいただいたシーフードもおいしかったし、ダイエット中、口にしなかったビール(注文したのはコロナ)も飲めて、幸せな気分になりました。

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2005/11/14

■A Deaf Dog

Ellaさん宅にはデフ犬が一匹いる。

DSC00004

中央のワンちゃんがデフ犬。
私の指さしにしっかり応え、カメラのほうに顔を向けるデフ犬。
指さしに注視できるのはやはりデフだから?

このデフ犬、デフ人間の行動に似ている。

デフ犬の注意をひくには、ボディに直接タッチするか、手招きする。
必要に応じて足踏みも。

デフ人間は自分の視界を常に広げるようにしているが、デフ犬もそんな感じ。

主(あるじ)のASLはちゃんとわかっているようだ。
そしていつも物憂げな顔をしている。

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■手話の街 "ローレント"とカッコイイ手話通訳

11月3日(木)の夜、時差ボケを感じる暇もなく、カリフォルニア大学バークレー校(UCB: University of California, Berkeley)へ2台の車で移動。

Ellaさんの勤務先、Vista Community CollegeがUCBに教室を借りていて、この日は「ろう文化」の講義。

Ella-culture
講義するEllaさん

今日の題材は、アメリカのろう者社会でも物議を交わしている「手話の街、ローレント」について。

アメリカ西部の北のサウスダコタ州に「手話の街」を設立する計画があり、少なくとも2,500人が住める規模。ロンドン、オーストラリアからの移住希望者もいて、着々と進行中だそうです。

詳しくは"A Town for Signers"のサイト(英語)をご覧いただくとして、Ellaさんの説明によると、立案者であるろう者Marvin T. Millerと聴者 M.E. Barwacz が The Laurent Company という会社を設立し、街のデザインを手がけているのだそうだ。

聴者社会からろう者を切り離すことを意味するのではないかという意見もあるのだが、Ellaさんの話を聞いていると、聴者の移住もOKだそう。ただし、街の公用語はASLとなり、移住を希望する聴者は少なくともASLができるということが前提条件になるのだそうだ(移住してからASLを覚えてもよい)。

また、ローレントを観光の街にして、多くの聴者に訪れてもらうようにする計画もあり、すぐれた手話通訳者を街の要所(インフォメーションセンター)に配置するという話もあった。

Laurent-Town-Plan
Laurent-Amphitheater
Laurent-Fire-Hall

Ellaさんご自身も、ローレントの街が機能し始めてから、しばらく様子をみて、それから物件購入の検討を始めるかもしれない、とおっしゃっていた。

そして、最後に、日本一行のメンバー紹介。

Ellaさんの講義では、英語への手話通訳が付いたのだが、この手話通訳者がかっこいい。
1人は男性でコーダ。もうひとりは女性。
2人とも有資格者で、Vista Community Collegeと個別に契約を結んでいる手話通訳者。
Ellaさんはこの2人に全幅の信頼をおいているようだった。

interpreter
受講生からの質問に英語で答えるサケ美さん(聴者)のそばで通訳している女性のASL通訳者。
手前の女性は、ASLがわからないメンバーのために日本手話(JSL)に通訳しているボリボリさん。

サケ美さんも手話通訳をめざしている一人なのだが、通訳で流暢なJSLを操るまでにはまだまだ…。

メンバーからは「あのASL通訳者と同じ髪型にすれば? 姿形だけでも同じにすれば、きっとスキルもアップよ」といわれたサケ美さん。日本手話から英語への通訳はうまくできていたのだから、今回の旅行を契機にもっとスキルアップしてね!

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2005/11/13

■ASL手話講座

Ellaさんから直々にASLを教えてもらえるとは!
しかも2日連続でトータルで6時間も!

受講生は、ASLを全く習ったことのない我々一行のうちの4人。

Ellaさんが現在、手がけている"Signing Naturally"のVol.1改訂作業。
その改訂版のモニターとしてASL講座を開く形になったのだけど、ほんとにラッキー。

ASL-Lesson

私はEllaさんの指導テクニックを学ぶため、部屋の後ろのほうでメモをとっていました。

ASL初心者4人は、Ellaさんの指導のおかげで、あとのラスベガスでのASLTA大会で少しはASLでのおしゃべりを楽しめたのではないかと思います。

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■Ellaさんをたずねて

今回のアメリカ訪問の第一目的は、私の師匠と勝手に決めているEllaさんと久々にお会いすること。

Ella Mae Lentzさん。

彼女は、アメリカでもっとも人気のある手話テキスト(生徒版・教師版)"Signing Naturally"の著者のひとり。
Dawn Sign Press発行)
最初のテキストが出されたのは1988年で、Vol.3まで出されている。
現在、Vol.1を改訂中でその作業に大変忙しいのだそうだ。
その合間に私たち一行を迎えてくれることになったEllaさんに大感謝。

Ellaさんとは、1992年の私の米国短期研修以来、コンタクトをとり続け、1996年には来日が実現、手話教授法ワークショップの講師をしてもらっている。

最近では、2002年のワシントンD.Cで開催されたDeaf WayⅡでEllaさんとランチをとってからなので、実に3年ぶりの再会。

Ellaさんはサンフランシスコから30分くらいのヘイワードという街に住んでいて、私たち一行は空港まで迎えに来てくださったEllaさんと共にBARTというサンフランシスコの公共交通システムを利用して移動。

BART
BART。
サンフランシスコ空港駅からヘイワード駅までは6.25ドル。

Ellaさんの家は丘の上にあって、サンフランシスコのビル群がはるか先に見える。
SF-town
夜になると夜景が美しい。

自然がたくさん残っている住宅街。
夜、Ellaさんの家に夕食から戻ると鹿の親子が出迎えていた。

一番驚いたのは、庭(500坪はありそう・・・)に放し飼いされているラマがいたこと。
RAMA
Ellaさん宅で飼われているのは親子だそうです。
雑草を食べてくれるので助かっているというのはEllaさんの弁。

また、Ellaさん宅ではネコ4匹、犬3匹が飼われています。
うち、1匹はデフ犬。
デフ犬の行動がデフ人間と全く変わらないので笑ってしまいました。

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2005/11/12

■朝食

Ellaさんの家には3泊ほどお世話になっていただいた。

そこで出された朝食はいかにもアメリカン。

実は渡米前に私達の食事を心配してくれた。
シリアル、エッグ等はあるが、フライドポテトはなく、それでも良いか?とのこと。
(アメリカではポテトが主食にあたるのだそうだ)

そして、実際に出された朝食は下記のとおり。

■11月4日(金)朝食
ターキーのベーコンをカリカリに焼いたものとサーモン入りのエッグ料理。
ベーコンが脂っこくなくおいしかった!
asa-gohan

■11月5日(土)朝食
ブルーベリー入りのホットケーキ。
帰国したら私も作ってみよう!
asa-gohan2

■11月6日(日)朝食
ベーグル。
自分で好きなものを皿にとっていただく。
asa-gohan3

Ellaさん宅の家族を含めただけでも9人分の朝食を用意してくださって、ほんとうにありがとうございました。
アメリカンスタイルでOKと事前にリクエストを出していたので、ごく平均的なアメリカ人の朝食をいただけたかな?と思っています。

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2005/11/11

■無事に帰国しました

昨日(10日)、アメリカから無事に帰国しました。

今のところ、時差ボケもなく、非日常から日常への復帰も今のところ順調のようです。

アメリカで見聞してきたことをこのブログで少しずつレポートしていきますので、時々見にきてくださいね。

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